大きくする 標準 小さくする
DIARY

一橋大学ラグビー部日記

赤黒、カッコいいよね

投稿日時:2018/11/22(木) 13:09

こんにちは。2年前の事故で三途の川を共に渡りかけた吉池からバトンを受け取りました、今年度FWリーダーを務めている宮瀬です。


最終戦を2日後に控えた今、入学した時には想像もつかなかった4年間を思い返し急速にセンチメンタルになりつつあります。そのテンションで書いているので、ちょっとだけネガティブかもしれません。


高校の時は部員3人でずっと合同チームでやっていたから、ちゃんとラグビー知りませんでした。もっというと、本気でチームスポーツをやってきませんでした。
だから1年の頃は対抗戦がなんとなく遠い存在で、そこに出て活躍するために本気で練習していたとは恥ずかしながら言えません。それでも先輩やチームは好きだったから最終戦後に涙する先輩たちを見て貰い泣きしそうになって、でも「何で自分が泣くんだ?泣くほどやったか?」って自問自答して、それまでの自分が急に情けなくなりました。気づいたときには1年終わってました。だからこそそれ以来、先輩たちと同じ感情を共有したい、一緒に喜びたいと思って、本気で練習してきました。
この感情はそれから薄れることなく、自分のモチベーションの源泉でした。大好きなチームが勝って、その輪の中で自分も喜びを分かち合っていたい。田口組でも岩淵組でも、自分が試合で大活躍することよりも、チームが勝って先輩たちを喜ばせることが僕の中では大きなウエイトを占めていました。


自分自身に欲が薄いこんな性格のためか、4年目は悩みました。
FWリーダーとしての自分は何ができるのか。ラグビーIQや経験は吉池や早船や村上に及ばず、仲西や小酒井の方がロジカルな考えをもっていて、大池や門屋は後輩たちと良好な関係を築いていました。頭も弱く口下手な自分はプレーで引っ張る、とありきたりなことを考えていましたが、学生主体のチームの幹部となると発言機会も多く、頭と口の回らない状態で練習の指摘をしたり、プレー中にハーフタイムの修正点を考えていたりしました。夏に結果を出せず首脳陣から「変わらないといけない」と言われてからも、チームがどうすべきかばかりを考えて、自分のプレーを考えることが少しずつ減っていきました。「FWリーダーとしての自分」に「プレーヤーとしての自分」が押し潰されていました。


一般的にFWリーダーはチームを第一に考えるべきかもしれません。ただ、不器用な自分は傾きすぎて自分自身のプレーがわからなくなっていたように思います。それから学習院戦に負けた直後に怪我をして考え込んだ時に、秋山や高田とも話して、自分の存在意義を再認識しました。自分はタックルしてなんぼだと。良くも悪くも開き直って見えた自分の果たすべき役割はシンプルなものでした。
試合中にも考えることは必要ですが、自分は得意ではない。それなら、自分が至らない部分は同期にカバーしてもらって、それ以上に自分にしかできないプレーでチームを勝たせることが「FWリーダーとしての自分」が果たすべき役割であると今は思っています。自分以上に考えたり発信してくれる同期がいてこそ自分は役割を果たせます。感謝しています。
結局は最初と同じ「プレーで引っ張る」に帰着しますが、良くない頭で考えた結果だいぶ遠回りをしてしまいました。ただ、遠回りを経た今、迷いはありません。

大好きなチームを最後にもう一度勝たせるために、多くの人の力を借りて、やりきります。



最後に、なぜ自分がこんなに一橋大学ラグビー部を好きになったのか。理由はいくつも考えられますが、「弱者が強者を倒せる」ことが最大の魅力だと思います。
経験もセンスも乏しいプレーヤー達が強豪相手にどう立ち向かうか、その文化がこのチームにはあります。その一つがDFです。3年前自分の強みもわからずふわふわしていた頃に、岡崎さんや八木沼さん、ガッキーさん(この並びに他意はないです)といったFWの先輩方のプレーを間近で見て、決して器用とは言えなくても、ひたむきに体を張り続けることでチームに貢献することのカッコよさを感じて、自分のプレーヤーとしての方向性を決めました。
先輩たちのDFが自分にとって一橋の最大の魅力であり憧れでした。
春シーズン前、宿題でこんなことを書きました。
「一橋は経験や才能に乏しい集団だからこそ、努力・思考・献身といった、『多くの人はやりたがらないが、やろうと思えば誰にでもできること』を他のチームよりも高い意識で突き詰めなければ勝てない。」
こういうことを先輩方は本気でやり続けてきて、その具現化の一つが1年の時から憧れ続けたグーDFだったんだと今になって思います。自分もこの文化のバトンを後悔なく渡せるよう、最終戦のDF気合い入れていきます。


本当に最後に、感謝の言葉を。
お節介かと思うほど自分にもチームにも良くしてくれた両親。例年になく力を借り続けたOBの方々。至らぬ自分を指導して頂いた首脳陣・コーチの方々。自分の無理を叶えてくれたトレーナーの方々。テーピングしてくれるマネージャー。そしてなにより一緒に闘ってくれるチームメイト。
挙げたらきりがないですが、一橋ラグビー部を支えてくださる多く方々との巡り合いがあって今の自分があります。
本当にありがとうございました。


次は高田に。
1年間助けられっぱなしでした。ありがとう。

アーカイブ

2018年11月(12)
2018年10月(4)
2018年9月(1)
2018年8月(4)
2018年7月(4)
2018年6月(3)
2018年5月(3)
2018年4月(5)
2018年3月(3)
2018年2月(5)
2018年1月(5)
2017年11月(15)
2017年10月(4)
2017年9月(3)
2017年8月(11)
2017年7月(1)
2017年6月(2)
2017年5月(3)
2017年4月(1)
2017年3月(2)
2017年2月(3)
2017年1月(2)
2016年12月(1)
2016年11月(11)
2016年10月(2)
2016年9月(3)
2016年8月(10)
2016年7月(2)
2016年6月(1)
2016年5月(2)
2016年4月(2)
2016年3月(2)
2016年2月(5)
2016年1月(5)
2015年12月(2)
2015年11月(11)
2015年10月(3)
2015年9月(3)
2015年8月(4)
2015年7月(3)
2015年6月(4)
2015年5月(5)
2015年4月(3)
2015年3月(3)
2015年2月(6)
2015年1月(2)
2014年12月(3)
2014年11月(8)
2014年10月(4)
2014年9月(5)
2014年8月(3)
2014年7月(9)
2014年6月(6)
2014年5月(1)
2014年4月(1)
2014年3月(1)
2014年2月(3)
2014年1月(2)
2013年12月(2)
2013年11月(6)
2013年10月(5)
2013年9月(4)
2013年8月(2)
2013年7月(4)
2013年6月(2)
2013年5月(5)
2013年4月(5)
2013年3月(7)
2013年2月(4)
2013年1月(6)
2012年12月(3)
2012年11月(12)
2012年10月(4)
2012年9月(8)
2012年8月(3)
2012年7月(2)
2012年6月(3)
2012年5月(4)
2012年4月(10)
2012年3月(10)
2012年2月(7)
2012年1月(3)
2011年12月(3)
2011年11月(7)
2011年10月(6)
2011年9月(5)
2011年8月(4)
2011年7月(4)
2011年6月(3)
2011年5月(2)
2011年4月(5)
2011年3月(3)
2011年2月(3)
2011年1月(5)
2010年12月(5)
2010年11月(8)
2010年10月(7)
2010年9月(8)
2010年8月(3)
2010年7月(4)
2010年6月(4)
2010年5月(4)
2010年4月(11)
2010年3月(6)
2010年2月(9)
2010年1月(5)
2009年12月(5)
2009年11月(11)
2009年10月(12)
2009年9月(10)
2009年8月(3)
2009年7月(7)
2009年6月(11)
2009年5月(6)
2009年4月(10)
2009年3月(8)
2009年2月(10)
2009年1月(6)
2008年12月(7)
2008年11月(11)
2008年10月(6)
2008年9月(9)
2008年8月(4)
2008年7月(7)
2008年6月(5)
2008年5月(4)
2008年4月(4)
2008年3月(13)
2008年2月(16)
2008年1月(13)
2007年1月(8)

コメント

名前:
Eメールアドレス:
コメント:
ファイル
パスワード: