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DIARY

一橋大学ラグビー部日記

集大成

投稿日時:2019/10/18(金) 12:06

1年時に初めての部日記を回した堺からバトンが返ってきました荻原です。

彼の最初の印象はなんかおデブちゃんいるなという感じで、ローズ&クラウンで座ってたときの後ろ姿は倉光と瓜二つだったのですが、今となってはもともとマネージャーより細かった足に加え、上半身もスリム化してしまったので、そのときの姿は想像もつきません。

僕が彼に部日記を回したときは、こっちが菅平合宿で疲れ切っていたのに対し、彼はアメリカへの短期留学で合宿からescapeしていたので、日本からアメリカに海を越えて渡したバトンが、3年越しに手渡しで返ってきた感じですかね。なんだか感慨深いです。





最後の部日記ということで、何か突飛なことを書きたいと思うのですが、しかし、いざ考えてみるとなかなか思いつかないものです。例年のように思いつくまで寝かせておいてもいいかと思ったのですが、今年はなぜか1週間以内に書けという念押しが凄く、今日書いている次第です。変に真面目な同期が多くて困っちゃいますね。1つ上や2つ上の先輩達を見習って欲しいです。最終戦前に駆け込みで書くという部の伝統(?)を継続した方が面白いと思うんですがね。まあ、自分が後ろに書く立場じゃないのでこんなことを言っているだけです。





というわけで、無難に4年間の振り返りをしたいと思います。



1年生。

高校時代に球技大会でやって楽しかった印象があり、入部したラグビー部ですが、1年目は正直楽しさよりも怖さの方が圧倒的に勝っていました。4年生には体のデカいFWの先輩がゴロゴロいて、ただでさえ初心者で始めて何も分からずやっていた自分には恐怖でしかなかったです。

ただ、まだその時には、今となっては大分少なくなったラグビー部以外の大学の友達と遊ぶことも多く、大学生活としてはそれなりに楽しめていて、そのおかげで部活も1年間乗り切れていたと思います。



2年生。

徐々にラグビーにも慣れ、本人に確認してないので本当かどうか分かりませんが、初心者の僕が普通にプレーしているのを見て、迷っていた寺澤が入部を決める最後の決め手になったと聞くくらいには、それなりにラグビーができるようになっていたと思います。Bチーム内での立ち位置も上がり、WTBとしてトライを取り切るのを期待されてやれていたと思うので、非常に楽しかったです。



3年生。

ここで大きな岐路を迎えたと思います。FWへの転向です。周りの戦力も考えると、FWの方がチャンスはあるのかなと思った中で、とりあえず、1-3月の2ヶ月間のお試しでFWに転向しました。初体験のセットプレーなど色々と刺激も多く、2ヶ月が経った後、レンタル移籍のはずが完全移籍オプションを行使され、というより自ら行使して、FWを続けることとなり、結局FWとして1年間を戦い抜きました。おかげで、対抗戦のメンバーにも入ることができ、今思えば、3年生が1番充実していて楽しかったなと思います。

正直FWに転向する前まで、自分が対抗戦に出ている姿はまるで想像できなかったので転向して良かったと思います。宮瀬さんはじめ、温かく迎え入れ、面倒を見て下さった1つ上のFWの先輩方には感謝しかありません。



ただ、喜怒哀楽に関して、BKのときにはなく、FWに行って取り戻したという堺の紹介の仕方は否定したいと思います。





別に今もないです。



4年生。

色々な意味で1番しんどい年になりました。ポジションに関して、一応まだBKに戻るのか、ということを言われたこともありましたが、昨年FWとして成長できたわけなので、当然のようにFWの最上級生として頑張ろうと決意を固めました。と、思ったのですが、チーム事情もあって今年は菅平合宿でWTBをやるなど、夏~対抗戦の初戦までFWとBKの共同保有になり、あれ、BKに戻るんかいなと思いましたが、結局今はFWに落ち着いています。中途半端にならないよう、FWとして最後までやり切りたいと思います。



対抗戦に関して、初戦が最後数分、2戦目は40点差くらいついてからの出場、と満足に出られておらず、満足に自分の力を発揮する場すらない中での3連敗とあって、正直現状に納得はいっていませんが、残りの試合で自分の4年間をぶつけられるように、4年間の集大成として、最後まで駆け抜けていきたいと思います。





次は、入部当初は夏場にサンバイザーまで被っていて、なんで屋外スポーツの体育会なんか入ったねんと思った末吉遥香にバトンを渡したいと思います。

まいちゃんと共にコダ祭委員で散々勧誘した側の僕が言うのもおかしいですが、ラグビー部向いてなかったのでは、と本気で思いました。それが今では、太陽の下でも平然と半袖で立つ、頼れる体育会マネージャーとなり、そんな彼女が最後どんな素晴らしい部日記を書いてくれるのか期待したいと思います。

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