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DIARY

一橋大学ラグビー部日記

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指折り数える

投稿日時:2019/11/12(火) 00:38

かなちゃんから回されました、三賢帝(主将主務マネ長)の一翼を担う菅原です。











さて、いよいよ最後の部日記が回ってきてしまいました。この4年間は自分の人生の中でも間違いなく最も充実した時間だったので、ここで4年間の振り返りをすると間延びして読みづらい文章が出来上がりそうです。なので、自分の書きたいことを2つだけ書きたいと思います。











①4年生になって



いろいろなことに挑戦させてもらった1年間でした。3年の時、対抗戦でウイングなのにも関わらず1トライもできなかったことを恥じて、ウイングのスキルを1年かけて磨いてやる!と意気込んでいましたが、突如春シーズンに告げられた菅原スタンド説。夏合宿ではスタンドに加え、センターでの出場が増え、いつのまにか14番を着ることは少なくなっていました。







ただいろんなポジションを経験したからこそ、タックルスキルが上達したり、パスが上手になったりと、結果、ラグビー全体のスキルが向上したと思います。そこはBKのエースで、たった一人のブラザーに認めてもらっているので確かなはずです。







そのおかげかはわかりませんが、今年やっとウイングとして対抗戦でトライを取ることが出来ました。







あと指を折ってもラグビーはできると実感し、ラグビーってすごいなって思いました。











②主務として



就任した時の想像以上に大変な役職でした。1つのミスがチームの致命傷になります。合同練習が2日前にドタキャンされたり、合宿のレフリー申請を1日ずらして申請したりした時は血の気がひいて夜も眠れませんでした。そんな時は同期やコーチ陣の力を借りてなんとか乗り越えることができました。







主務はよく割りに合わない役職だと言われます。ミスできない仕事を漏らさずやって当たり前。唯一目立つのは何かミスをしでかした時だけ。



でも、そういった目立たない仕事というのは組織に属している以上誰しもがやっていることで、それをこの4年間当たり前のように享受し続けてきたことに、チームの裏方に回ってみて気づかされました。







4年生の中でも、堀内をはじめとする松尾、葛、宮田、伊東たち幹部陣はいつもチームのことを1番に考えて毎日のように夜遅くまで会議していたし、大谷は副務としてチームのいろいろな雑務を引き受けてくれました。グラウンドがいつも滞りなく使えるのは荻のおかげで、堺は部のイベントを面白くしようと一生懸命考えてくれたし、倉光はウエイトリーダーを頑張っていました。かなちゃん、まいちゃん、すえはるも試合のセッティングや日々の業務でプレーヤーを支えてくれました。







そういったチームを支えているみんなの努力に気づくことができるようになって、それに改めて感謝できるようになったことが主務をやってきて良かったことかもしれません。







何を当たり前のことを言っているんだと言われそうですが、この経験ができて、社会に出られることは本当に素晴らしい財産だと感じています。











主務の仕事も残すところ最終戦の業務だけと、もうすぐ指で数えられるほどの期間になってしまいましたが、最後までミスなく、"目立つことなく"、全うしたいと思います。















最後に感謝を伝えて終わります。



家族 細かい怪我が多かった自分を心配してくれて、また、栃木からわざわざ毎試合応援に駆けつけてくれました。ラグビーを4年間無事続けられたのも家族のサポートあってのことでした。ありがとう、







OB・OGの皆様 主務になって改めてラグビー部はOB・OGの皆様のおかげで成り立っていると実感しました。多岐にわたるご支援・ご声援をありがとうございました。







監督・コーチ陣・若手OBの方々 主務として至らない点も多かったと思いますが、沢山のアドバイスや熱心なご指導をありがとうございました。







トレーナーの方々、特に松岡さん ハムの肉離れや度重なる骨折でのリハビリを真摯に考えてくださいました。松岡さんのトレーニングのおかげで足が速くなった自信がつきました。







後輩のみんな 急な予定変更にも嫌な顔せず対応してくれてありがとう。プレー面でもみんなに頼ってばかりでした。数名の同期をよろしく頼みます。







マネージャーのみんな 先ほど目立たない努力の話をしましたが、マネージャーのみんながプレーヤーを支えてくれるのでラグビーが楽しくできています。ありがとうございます。







同期 プレーヤーとしても、主務としても同期の助けなしではやり遂げられませんでした。ありがとう。東大に勝って有終の美を飾ろう。











以上で部日記を終わります。最後まで読んでいただきありがとうございました。











次は、ここに来てジャッカルの腕が急成長、いまだに手巻き寿司パーティーを開催してくれない国立のイトウジェこと伊東くんに回します。

腹筋じゃなくて内転筋欲しい

投稿日時:2019/11/04(月) 17:53

真依から回されました鈴木です。
タイトルは1年時の部日記を踏襲してみただけで、特に深い意味はありません。

以下、抽象的な長文が続くことをお許しください。

 

 

今思い返すと、私がラグビー部に入ったのは、自分を変えたかったからだと思います。常に周りを見渡し、自己犠牲を厭わず、思慮深い。それこそマネージャーらしいマネージャーのような人に。

でもそんな人には変われなかった。私はいつも目前の事に集中してしまうし、自分本位だし、短絡的で。私は仕事の出来不出来以前に、資質的な意味でマネージャーにふさわしくなかったと思います。

 

1年生の時。全ての仕事が新鮮で、何とか追いつこうとしている内に終わりました。きっと4年生になれば、格好良い先輩達の様に自分もなっているんだろうと信じながら。

 

2年生。出来る仕事が増え、1番楽しい時期だったかもしれません。まだまだ後輩だからこそ、自分が優秀な先輩になった未来なんてものを考えるだけの余裕がありました。

 

3年生。後輩の方が先輩よりも多くなりました。この頃自分はマネージャーに向いていない事に薄々気付き始めていました。でも、頑張っていれば自分も変わるはずだと言い聞かせ、やり過ごしていました。あ、日比谷会はめちゃくちゃ楽しかったです。

 

そして4年生。どうもがこうと自分の本質は変わりやしない事がやっと分かりました。いくら「○○しなきゃ、○○のようにあるべきだ」と意識していても、本来の自分がふとした時に出てきます。勿論4年なんだから仕事自体はそれなりに出来るし努力もしました。でも、普段の心の持ちようや姿勢が、絶望的にマネージャーらしくなかった。

まして自分は曲がりなりにもマネージャーです。それなのにこのザマは何だ?記憶上の先輩方と自分を比べ、自身の至らなさにうんざりする日々が続きました。

 
 

それでも、どうして自分がここまでマネージャーを続けてこられたのかと言えば、周囲の人々に恵まれたからです。

 

まずプレーヤー。

普段はふざけてて面白い。けれど試合中はものすごく格好良いしワクワクさせてくれる。そしてマネージャーを一部員として尊重してくれる人々だったからこそ、私はラグビー部に馴染めたのだと思います。

同期は、この一年間お疲れ様。今年の戦績がすごく悔しいと同時に、なんで頑張っているはずなのに努力が報われないのか歯痒くなります。ちなみに同期MGがいなかった時はみんなと話していると妙にほっとしたので、意外とみんなの事好きだったんだと思います(多分)。

 

監督・コーチの皆様。

自身の仕事があるのにも関わらず、本当にいつもグラウンドに足を運んでくださりありがとうございます。部活で会った際に声を掛けたりしてくれると部の一員だと認められている感じがしてすごく嬉しかったです。

 

トレーナーの皆様。

テーピングもメディカルも、皆様のプロフェッショナルな仕事にはいつも感動していました。特に今年、松岡さんには本当にお世話になりました。いつも穏やかな松岡さんだからこそ、色々と相談したり教えていただくことが出来ました。

これからも部員をよろしくお願いします。

 

後輩マネージャー。

さとめいみはいつも元気で心の癒しでした。仕事にもいつも一生懸命で、どんどん成長していく姿を見ていると、引退するのが惜しくなります。

あいまおみうりさこれいは上級生が少なかったこの1年間とても頑張ってくれました。いつも仕事に対して真剣で(睡眠の質も)、みんなを新歓して入ってもらえてよかったなと思います。

あさまいしおりみゆゆい。本当にこの1年間は、4人がいなければ成り立たなかったと思います。感謝してもしきれません。3年生しかいない部活も完璧に回してくれ、私には見えない問題点を見つけて解決してくれて。ほぼ同期どころか先輩です(笑)来年の対抗戦で4人揃った姿を楽しみにしてます!

 

同期マネージャー。

2人が留学に行く前、私は「1人でも大丈夫!」と虚勢を張っていた気がします。でも、行ってしまうとすごく寂しかったし、戻ってきたらすごく嬉しかったです。そういう存在です。2人が同期で良かった。

 

最後に先輩方。

心が折れそうな時にご飯に連れ出してひたすら私の話を聞いてくれたり、対抗戦で負けて凹んでる時にさらっと励ましのラインをくれたり、いつも電話で落ち着かせてくれたりしました。

特にこの1年は、最高の先輩方に巡り合えたことを実感しています。ありがとうございます。

 

 

四苦八苦してきた1年間でしたが、あと残すところは明学と東大戦のみです。

マネージャーらしくなくとも、マネージャーとして最高の準備をする事は出来ます。残り僅かな日々を、二戦の勝利を掴み取る為に使っていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次は縄跳び名人かつ三賢帝の一翼を担う菅原に回します。

2つの得たもの

投稿日時:2019/10/29(火) 10:57

 

我が部ピカイチのスタイルを誇りますはるからバトンを受け取った寺本真依です。

おぎとはる、KODA委員と響きが懐かしくて。はる、改めて入ってくれてありがとう、ここまで一緒にやってこれて、今でははるがいなかった想定なんてできません。

 

「私がこれからもおにぎり握ってあげる」。私の場合、そう同クラの倉光くんに告げたのが入部時の言葉だったと思います。言った当時は自分の言葉にわくわくしてしまうくらい、「誰かのために尽くす」経験が新しくて、未知でした。

そんなりんちゃんといっしょに悩みぬいたラグビー部。あの時の決断に悔いは全くなく、むしろその決断の正しさへの確信が強まっていった4年間です。

私の最後の部日記は、ラグビー部が与えてくれたふたつのもの、人との出会いと、ラグビー部によって自分について考えさせられたことについて書いてみます。

 

一橋ラグビー部に入って、ラグビーに携わる人は恐ろしくいい人ばかりでした。恐らくラグビーのスポーツとしての特性もあるのでしょうが、人のよさと、ラグビー部の情報伝達の速さにはとにかく驚かされました。

練習も試合も、コンパさえも、あの人がいない、となるとそれだけでチームの雰囲気が違って何か足りなくて、どれだけ一人一人の個性が全体にとって大事なのか、感じました。

ラグビー部の人たちと出会えたことが私の財産だ、と1年生の時に気づきました。

ラグビー部を続けてこれたのは、ラグビー部の人たちといたいと思ったから。

このメンバーと時間を共にしたい、このメンバーで勝てたら、そのうれしさはひとしおだと思ったから。

 

というのも、マネージャーの業務自体だけだったら、おそらく続けられたかわかりません。

わたしはかなりの不器用なんです。部でも時に自分でもびっくりすることをしでかすので、もはや才能だと感じます。

器用さがマネージャーの仕事に響くことはたくさんあって。

でも補えることはあると信じ、やれることを試しました。本2030冊を借りて骨、栄養、運動について雑学入手、動画を見たりトレーナーさんやプレーヤーにアドバイスを聞く、公園を走りながら運動するプレーヤーの気持ちを想像してみる

それでも先天的に器用な人にはかなわない部分は多くて

じゃあ自分は何ができるか?悩んで悩んで、わかりませんでした。

特に23年生の時スキルがないなりに何度も考え、その結果が、自分でなくてもいいのでは、という思いでした。そのころ部活とほかのことと、一人で抱え込んで、誰にも本当のつらさを言えなかった時が一番きつかったです。アルバイト中に涙が止まらなくなったりしたときに、あ~わたし今限界なんだ、とやっと気づきました。

 

あって当たり前、でもなかったり、足りないと、言われてしまう、インフラみたいなマネージャーのお仕事。単純で、誰がやっても同じに見えて、機械が代替でき層とも思って。

 

でも、不完全なりに、どう改善するか工夫する過程に意味があると思います。マネージャーの姿勢が言葉では言えないものとしてプレーヤーに伝わって、そういう細かい雰囲気とか、上を目指すかの姿勢のようなものによってチームの雰囲気が形成されていきます。

だから、私はそこの曖昧で無限大の可能性を広げることに貢献したいと思っています。

相手の立場に立った行動をしてみて、わたしがいることで少しでも練習が充実してた、と思ってくれる人がいたらうれしい、自分が出せる細かい雰囲気、練習のスムーズさが、いずれ結果に結びついていっていたらいいなと、信じています。

これが、ずっと悩んできた自分だからできること、の現時点での答えにしています。

 

マネージャーというポジションは、今まで気づかなかった視点を与えてくれました。

一つの試合でも、プレーヤーの個人練や合宿の山盛りごはんを乗り越えて、試合で活躍する姿。プレーヤー同士のやりとり。

そんなプレーヤーを試合に応援に来てくださったり、近くで、あるいは遠くから、活躍とけがのないことを祈って支えてきてくだった保護者の方々。

貴重な休日、駆けつけて、後輩指導に付き合ってくださるOBの皆さん。

ビジネスと部への思いを両立してくださる一流のコーチ陣。

手厚いケアをしてくださってきたトレーナー方々。

一つの結果がこんなにいろんな方々の思いと、努力に、支えられていると知ることができました。その分直接結果に携われないもどかしさ、負けた時さらに何ができたのか、不明確な分悔しさもより大きい。

あと二戦。今までの悔しさを忘れるような感動を、堀内組のみんなと味わいたいです。

 

最後になりますがやりたいことだらけの私を育ててくれたラグビー部には感謝でいっぱいです。悩みぬいても、ラグビー部をやめる選択肢は不思議なほどなかったのはみなさんのおかげです。

相談したら忙しくてもいつでも寄り添ってくれ、元気がなさそうと連絡をくれたり、気晴らしに遊びに誘ってくださったプレーヤー、マネージャーの先輩方。私はあまりに幸せな後輩です。

どこまでもまっすぐで、私を的確なアドバイスで支えてくれて、外面内面ともにかわいい後輩マネージャー。私が不在の間にあまりに頼もしく成長していたみんなは、ほめるところしかありません。感謝と感激でいっぱいです。

爽やかで礼儀正しく、それでいてプレー、日常生活ともに頼もしい後輩プレーヤ来年からみんなはさらに人気者になるね。将来が楽しみです。

筋トレから留学まで、やりたいことを好きにやらせ、見守ってくれる同期プレーヤー。みんなの成長に、一番びっくりして、感動しました。同期会、あと一回くらいあってもいいよね。

何も言わずにそばにいてくれて、程よい緩さとしっかりさを兼ね備えた同期マネ。三人のバランスが絶妙に心地よくて、二人と同じ大だったことをすごく幸運に、誇らしく思っています。

 

次はマネ長かなちゃんに渡します。わが代のボスと言われる彼女ですが、わたしとはるを寛大に送り出してくれた強さと、実は誰よりも繊細なをもっていると思ってます。程よい葛飾節でよろしくね。

 


  

「凡事徹底」のその先に

投稿日時:2019/10/25(金) 21:48

 

同期の無感情代表、と見せかけて本当は温かい心を持つ荻原からバトンを受け取りました、

マネージャーの末吉遥香です。

 

 

毎年生き延びるだけで精一杯な夏を今年も何とか越し、安堵していたらすでに対抗戦は折り返し、

想い出の詰まったグラウンドに来られるのも数えられるほどになってしまいました。
 

グラウンドで過ごした日々を思い返してみると、みんなの笑顔ばっかりが浮かんできてしまって、書きたかったことも全然書けそうにありません。

 

 

マネージャーとしての日々を思い返してみると、探しても探しても理想的なマネージャーでいられた自分の姿なんて全然どこにも見つからず、

本当にやり直したい瞬間だらけで。

それでも、自分なりにたくさん考えて、悩んで、心が動いた4年間(3年間だろって?)でした。

 

 

 

 

1年生の時、「4年間をかけて何かをやり通したい」と選んだラグビー部。

大学に入るまでまともに部活どころか野外で活動なんてしたこともなく、世間知らずで、ひたすらに弱く、

体育会のマネージャーなんて、見たことも聞いたこともありませんでした。

 

当時の私にとってはあまりに異質で、だからこそ輝いて見えて、

訳も分からず飛び込んだラグビー部で迎えた1年生の対抗戦シーズン。

試合に勝って本気で喜んでいる先輩たちをよそに私はどこか冷静で、みんなを遠くから眺めていました。

 

本気で喜べないのは本気で部活に賭けていなかったからなのに、

「マネージャーだから」って言い訳して、逃げていました。

 

 

 

そんな部活に、チームに対する思いは、4年間を通して、いつしか変わっていました。


 

トライはおろか、目の前の相手にタックルする術すら知らないマネージャーという奇妙なポジションを続けて来られたのは、

一つ一つの、決して派手ではない練習に日々愚直に取り組むプレーヤー、

立ち止まる素振りすら見せず、ずっと全力だった先輩マネージャー、

いつでも一生懸命に考えて動く頼もしい後輩マネージャー、

一緒にいる時も離れている時もずっとHOMEでいつづけてくれた同期マネージャー、

いつもラグビー部を支えてくださる松岡さん、

それからOBOG、監督コーチ陣、家族、友人、

ここには書ききれないほどひとえに周りの人たちのおかげです。


 

特に後輩マネージャーのみんなには、今年沢山の負担をかけてしまいました。

4年マネージャー三人のうち二人も留学帰りという、ちょっとおぼつかない今年のマネージャー組織を支えてくれてありがとう。

 

元気いっぱいで、純粋に部活を楽しんでいる一年生。二人がいる時の活気が大好きです。
 

去年はまだどこかあどけなかった2年生。1年ですっかり目つきも、顔つきも変わって、上級生が気がつかないようなことまで心を配ってくれて。2年生みんなの成長には、復帰して一番びっくりさせられました。
 

もう同期のような、安心感と安定感がある3年生。何でもかんでも頼りすぎてるのに、文句ひとつ言わずに頑張ってくれてありがとう。

 

 

 

それから、留学に行ってふわふわした気持ちのまま「4年生」の肩書きだけ付けて帰って来てしまった私の背筋を伸ばしてくれたのは同期のみんなです。

1年ぶりに会った同期が4年生として、日々考え抜いて、チームを引っ張っている姿を見て、誇らしいと同時に焦りました。


一見まとまりがないようでみんなが真っ直ぐで温かい、そんな同期を持てたことは財産です。

 

 

 

 

今ここに来て、マネージャーの境地は「凡事徹底」を体現することだと、ひしひしと感じます。

 

マネージャーとしての4年間を経て感じた「平凡を非凡に努める」ことの難しさ。

「誰でも出来る」と言われてしまうかもしれない水出し、ビデオ、テーピング、その他マネージャーの日々の仕事を、誰も真似できないくらいまでこだわること。

 

一人でそこまで到達するのは難しいかもしれないけれど、

みんなでなら出来る気がします。

最後の一戦まで、もう少し力を貸してください。

 

 

 

それでは、次はおぎと同じくコダ委員時代から連れ添ってきたまいに回します。

いつも通りのまいまいワールド全開でよろしくね。

集大成

投稿日時:2019/10/18(金) 12:06

1年時に初めての部日記を回した堺からバトンが返ってきました荻原です。

彼の最初の印象はなんかおデブちゃんいるなという感じで、ローズ&クラウンで座ってたときの後ろ姿は倉光と瓜二つだったのですが、今となってはもともとマネージャーより細かった足に加え、上半身もスリム化してしまったので、そのときの姿は想像もつきません。

僕が彼に部日記を回したときは、こっちが菅平合宿で疲れ切っていたのに対し、彼はアメリカへの短期留学で合宿からescapeしていたので、日本からアメリカに海を越えて渡したバトンが、3年越しに手渡しで返ってきた感じですかね。なんだか感慨深いです。





最後の部日記ということで、何か突飛なことを書きたいと思うのですが、しかし、いざ考えてみるとなかなか思いつかないものです。例年のように思いつくまで寝かせておいてもいいかと思ったのですが、今年はなぜか1週間以内に書けという念押しが凄く、今日書いている次第です。変に真面目な同期が多くて困っちゃいますね。1つ上や2つ上の先輩達を見習って欲しいです。最終戦前に駆け込みで書くという部の伝統(?)を継続した方が面白いと思うんですがね。まあ、自分が後ろに書く立場じゃないのでこんなことを言っているだけです。





というわけで、無難に4年間の振り返りをしたいと思います。



1年生。

高校時代に球技大会でやって楽しかった印象があり、入部したラグビー部ですが、1年目は正直楽しさよりも怖さの方が圧倒的に勝っていました。4年生には体のデカいFWの先輩がゴロゴロいて、ただでさえ初心者で始めて何も分からずやっていた自分には恐怖でしかなかったです。

ただ、まだその時には、今となっては大分少なくなったラグビー部以外の大学の友達と遊ぶことも多く、大学生活としてはそれなりに楽しめていて、そのおかげで部活も1年間乗り切れていたと思います。



2年生。

徐々にラグビーにも慣れ、本人に確認してないので本当かどうか分かりませんが、初心者の僕が普通にプレーしているのを見て、迷っていた寺澤が入部を決める最後の決め手になったと聞くくらいには、それなりにラグビーができるようになっていたと思います。Bチーム内での立ち位置も上がり、WTBとしてトライを取り切るのを期待されてやれていたと思うので、非常に楽しかったです。



3年生。

ここで大きな岐路を迎えたと思います。FWへの転向です。周りの戦力も考えると、FWの方がチャンスはあるのかなと思った中で、とりあえず、1-3月の2ヶ月間のお試しでFWに転向しました。初体験のセットプレーなど色々と刺激も多く、2ヶ月が経った後、レンタル移籍のはずが完全移籍オプションを行使され、というより自ら行使して、FWを続けることとなり、結局FWとして1年間を戦い抜きました。おかげで、対抗戦のメンバーにも入ることができ、今思えば、3年生が1番充実していて楽しかったなと思います。

正直FWに転向する前まで、自分が対抗戦に出ている姿はまるで想像できなかったので転向して良かったと思います。宮瀬さんはじめ、温かく迎え入れ、面倒を見て下さった1つ上のFWの先輩方には感謝しかありません。



ただ、喜怒哀楽に関して、BKのときにはなく、FWに行って取り戻したという堺の紹介の仕方は否定したいと思います。





別に今もないです。



4年生。

色々な意味で1番しんどい年になりました。ポジションに関して、一応まだBKに戻るのか、ということを言われたこともありましたが、昨年FWとして成長できたわけなので、当然のようにFWの最上級生として頑張ろうと決意を固めました。と、思ったのですが、チーム事情もあって今年は菅平合宿でWTBをやるなど、夏~対抗戦の初戦までFWとBKの共同保有になり、あれ、BKに戻るんかいなと思いましたが、結局今はFWに落ち着いています。中途半端にならないよう、FWとして最後までやり切りたいと思います。



対抗戦に関して、初戦が最後数分、2戦目は40点差くらいついてからの出場、と満足に出られておらず、満足に自分の力を発揮する場すらない中での3連敗とあって、正直現状に納得はいっていませんが、残りの試合で自分の4年間をぶつけられるように、4年間の集大成として、最後まで駆け抜けていきたいと思います。





次は、入部当初は夏場にサンバイザーまで被っていて、なんで屋外スポーツの体育会なんか入ったねんと思った末吉遥香にバトンを渡したいと思います。

まいちゃんと共にコダ祭委員で散々勧誘した側の僕が言うのもおかしいですが、ラグビー部向いてなかったのでは、と本気で思いました。それが今では、太陽の下でも平然と半袖で立つ、頼れる体育会マネージャーとなり、そんな彼女が最後どんな素晴らしい部日記を書いてくれるのか期待したいと思います。
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