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DIARY

一橋大学ラグビー部日記

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政権交代から約1年

投稿日時:2018/11/13(火) 13:30

今年度マネージャー長の望月理紗子です。

予想よりも長くなってしまいましたがお付き合いください。


思えば高校生までは、「日本でラグビーしてる人っているの?ていうかラグビーって何…?」というレベルで何一つ知りませんでした。
ラグビー部での生活は高校までにしてきた経験とは全く別物で、自分の世界は何倍にも広かったようです。マネージャーというのは良いのか悪いのか練習を見ている時間がたっぷりあるから、その間に4年間で本当に色々な事を思ったし、考えた気がします。(ごくたまに、チームランの間頭の中だけ別世界に行っていることがあります。ごめんなさい。)

つい最近、「りさこって泣き虫だよね」と言われました。衝撃的でした。
自分はどちらかといえば落ち着いていて、マイペースで、無関心な方だと思っていたから。けれどよくよく思い返すと、この1年間の部活だけでも実は涙を流していた事が何度かありました。

試合アップの声が聞こえないと、声が通らないなら私じゃなくていいと言われた時。元々声量がなくて、それでも試合アップでは最大限声を張り上げているつもりなのにそう言われた日には、情けなくて悔しくて、帰ってから泣いていました。

国立合宿の最終日。みんなが5日間頑張った喜びを分かち合っている姿を見ていたら、4年生マネージャーとして合宿を乗り切れたことに心底ほっとするとともに、それを一緒に共有できる同期がその場にいないことがたまらなく寂しくて気づいたら涙が出ていました。そんな姿を見られまいと足早に帰ろうとしたのに、あっけなく早船に呼び戻されたけど。

そして今年の東大戦。絶対に勝ちたかった、それなのに。後半足が動かなくなっていく同期の姿、開いていく点差、盛り上がる東大ベンチの歓声を背中で聞きながら、フィールドの外で手をこまねいて見ていることしかできないのが本当に辛かったです。自分が出場できるなら、スクラムを押して全員なぎ倒してトライを取りたい。そんな的外れでいささか攻撃的な思いを抱いてしまう程には悔しかった。

他人や物事に気持ちを揺さぶられまいと予防線を張りがちな自分がここまで色々と感じられるのは、何だかんだ言っても部活とその仲間が大好きだからでしょう。1年生の頃は今日は負けちゃったなぁ、くらいだったのに、自分でも気づかないうちにこれほどまでにラグビー部に思い入れを持っていたんだと改めて気づかされました。

マネージャーの仕事とは、意味とかやりがいって何だろう。 
これはマネージャーなら誰もが頭を悩ませる永遠のテーマな気がします。
私たちがやっていることのほとんどは1を1のままに保つための仕事で、+αでなにかを生み出しているか、勝利を掴みとっているのかと聞かれたら即答するのは難しい。だって完璧とはいかなくても仕事ぶりに問題はなかったはずなのに、それでもチームが負けるときは負けてしまうから。だから東大戦はあんなに悔しかったんです。

ウォーターやビデオやおにぎりがあって、ホームでもアウェーでも試合が滞りなく行われて。この部活の当たり前が崩れずに保たれている陰には、必ずマネージャーがいます。それがどれほど綿密な計算と準備の上に築かれているかなんて、きっとプレーヤーは、もしくは後輩マネージャーだって知らないでしょう。知らなくていいんです。ある意味それこそが醍醐味だから。
上手く行った時もドタバタした時も、ええーそれも私達の仕事デスカ…という時も。全てを乗り越えて4年後に見える景色こそが自分たちの成長の証でありやりがいなのではないかと引退を間近に控えた今、感じています。

プレーヤーの皆さん。
いつも面白くてかっこいい姿をありがとう。ラグビーを出来る時間は有限です。一瞬一瞬を大切に、後悔なく4年間を過ごして下さい。同期は時々目や耳を疑うような行動や発言があるけど憎めない存在で、何だかんだ頼りにしています。

監督・コーチ陣やOB・OGの方々と接するのははじめこそ緊張しましたが、自分もやっとラグビー部の一員として迎えられているようで嬉しく、背筋が伸びるような経験でした。ありがとうございます。

トレーナーさん。下級生の頃は右も左も分からないところからスタートしてたくさんのアドバイスを頂き、中途半端な努力じゃ全然足りないんだと教えてもらいました。4年生になってからは役割は違えどチームを一緒に支えているような、でもやっぱり松岡さんにはお世話になりっぱなしの1年間でした。この場を借りて感謝を申し上げます。

マネージャーの先輩方。
あの先輩ならどう考えるかな、こういう時どんな判断をするかな。私が迷った時の相談相手は心の中にいる先輩方でした。比較して自分はまだまだだと落ち込む時もあるけれど、何とかやってくることができました。引退したらまた色々なお話がしたいです。

後輩マネージャー。
みんながいなかったら、私はきっとどこかで挫けていたと思います。

1年生。
ラグビー部に入ってからの半年間はどうでしたか?大変だったかな。私はマネージャー長として何か残せたでしょうか。2年後3年後、5人の成長した姿を見に行くことを本当に楽しみにしています。頑張ってね!

2年生は今のマネージャー組織の宝です。しっかり者で、元気いっぱいで(たまにテンション低いけど笑)、4人集まるとすごいパワーを発揮してくれて、でもまだ少し頼りなくて。目に入れても痛くないほどかわいいとはまさにこのこと。いざという時に頼りになるのはやっぱり同期です。4人で手を取り合って進んでいってね。

3年生。留学中の二人は元気でやっているかな?今もたまにグラウンドに二人の面影を感じます。お土産話を楽しみにしているよ。かなちゃんには普通の3年生以上の負担をかけてしまっているのに、いつも嫌な顔せず引き受けてくれるのには本当に感謝しています。この先困ったことがあれば、いつでも頼ってください。全力でサポートします。

りこへ。「高校も都内だったし、緑の多い広々したグラウンドで部活をするのが、新鮮だし気分転換になるんだ」と昔話していたのをよく覚えています。上級生になったこの1年、部活はもはや義務感だよねなんて言っていたけれど、それでもお互いに楽しんでいたし部活の時間がリフレッシュになっていたことも間違いないと思います。不機嫌やイライラをぶつけてごめん。純粋な友達とも少し違うけれど仕事上の付き合いってわけでもない、でもいつも支え合いながら数え切れないほどの思い出を共にしてきた大切な存在です。これからもよろしくね。

武蔵戦に勝利し、残すは明学戦のみ。最後に勝って笑ってシーズンを終えるために、誰よりも綿密な計算と準備を。それが私とりこの集大成になると思います。
あと少し、よろしくお願いします。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
次はいつもナイスなイスを探し求めていて、「三権分立」の難しさを深く考えさせてくれる倉嶋に回します。

山田ローラさんのインスタに癒される日々

投稿日時:2018/11/10(土) 16:45

本田さんから回ってきました、4年マネージャーの鈴木莉子です。

 

ついに最後の部日記かと思うと感慨深いですね。自分があと2ヶ月後に22歳になることもびっくりですが、ついにこの対抗戦終盤という時期にうちの代も突入したのか、と驚くばかりです。センチメンタルになりすぎないように気をつけます。

 

また、条文に当てはめたりなんて文章はよく書くのですが、自分の思いを綴るなんてことはめったにしないので読みにくい部分あるかと思います。お付き合いください。

 

 

 

 

 

自分の大学生活をぱっと振り返ると、部活内外を含めて、本当によく悩んだ4年間だったなと思います。

 

私は能天気なことに、そしてありがたいことに。大学に入るまであまり悩みというものを知らない人間でした。それは決してコンプレックスがないとかいうことではなくて、好きなことを好きな時に、好きなだけして満足してるタイプだったわけです。あともちろん、寝れば忘れるタイプだったのもあります。(早船よりは忘れないかも)。

 

 

 

そんな自分は、たとえば何で悩んでたのでしょうか。

 

言わずもがな勉強。自分は勉強も部活も中途半端なんじゃないかなんて、悩み尽くしました。あほですね。人生そんなものですよね。

 

マネージャーの意義。入部したては自分のいる意味はないんじゃないかとひどく悩んだのを覚えています。でも、いつしかそんなものより目の前に自分がいなければ回らないものがあることに気がつきました。

 

部活での人間関係。初めて、他人とは自分が考えもしないようなことを考えていたり、悩んでいたりするのだと知りました。知るのが遅すぎました。

 

挙げればキリがないくらい、毎日のように悩んで、時には後悔していたように思います。

たとえばもっと些細な、一つの練習の水の置き方でさえも、タイムコールのタイミングでさえも、後輩にあの時こうやって説明したらもっと分かりやすかったのにななんてことも。

 

それだけではありません。自分の弱さを、不甲斐なさを、理想と離れた自分を突きつけられた瞬間も何度もありました。

 

 

 

 

 

そんな悩みを毎日抱えつつも、時にはくじけながらも、なぜやってこれたのだろうと、4年生になってずっと考えていました。

一つには、同期マネージャーが少なかったのもあるでしょう。一つには、自分の一度決めたことを投げ出せない性格にもあるでしょう。一つには、同期が愉快だったのもあるでしょう。しかし、それにしては4年間は長いです。

 

 

そして気づきました。1つ目の理由は、当たり前のようだけど、やはり、自分はこの部活がすごく好きだったんだろうと。
暑い合宿も、涙したGWも、ちょっと匂う青バッグを運ぶのも。この部活やプレーヤーやマネージャーが好きで、そして秋にはそんな仲間たちが一丸となって勝利する瞬間が何より気持ち良くて、だからやってこれたのだと思います。


そして、それよりも重要な2つ目は。
綺麗事ではなく本当に、部活の同期や、先輩・後輩、マネージャー、トレーナーさん、周囲の友達や家族が支えてくれたからです。
日頃感謝の気持ちを振りまけるタイプでもなく、また感情表現が少ないと言われがちなので(そんなことないんだけど)、これが最後ですから、みなさんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 

 

まずは同期のみんな。家が大好きな人間だったもので、付き合いが悪くてごめんなさい。でも一緒にいると自然と笑顔になれて、なんだかんだ優しくしてくれるみんなが好きでした。4年生になってみんなが赤黒を着ていて、部活続けてきてよかったなって、本当に嬉しかったです。

りさこ。2年生になって、2人になった時から私たちの部活が始まったね。今年はたくさんの責任を1人で背負わせることが多くなってしまったのが本当に申し訳なかったけど、ここでは表せないくらいに感謝しています。

 

先輩マネージャーの皆さん。

入部当初何の役にも立たなかった自分を鍛えてくれて、マネージャーとしてのあるべき姿を見せてくれた先輩方は、今でも私の目標です。少しでもあの頃より成長できたとしたら、それは全て皆さんのおかげです。

そして松岡さんを始め、トレーナーの皆様。時には厳しく時には優しく、アドバイスをいただいたおかげでマネージャーとして成長できました。ありがとうございます。

 

愛すべき後輩マネージャーたち。

いつも私のくだらない話に付き合ってくれて、本当にありがとう。みんながいてくれたから、どんなに元気のない日も自分に喝を入れて、部活に取り組めました。みんなと休憩時間に世間話をしたり、一緒に炎天下の中水を運んだり。そんな日々ももう残り少ないのかと思うと本当に寂しいです。今年は試験で抜けることも多くなってしまって、その他の面でも多々至らない先輩だったと思うけど、付いてきてくれてありがとう。そしてみんな、本当によく頑張ってくれました。

 

もちろん、先輩、後輩プレーヤーの方々も。

誰よりもプレーで魅せてくれた先輩方が引退した時は、自分の目標を見失いそうになるくらいの喪失感を感じたのを覚えています。そしてフィールドでは誰よりもかっこいいのに、一歩フィールドの外に出ると可愛らしい後輩たちを微笑ましく眺めることももう少ないのか。つらいです。

 

最後に、周りの家族や友人たち。勉強を助けてくれたり、部活の愚痴を聞いてくれたり、つらい時に側にいてくれたり。本当に言葉で表せないくらいに支えてもらいました。

 

 

でもそんな日々も、そろそろ終わりが見えてきています!

決して短かったとは言い切れないけれど、それでも毎日当たり前だった居心地の良い日常が終わってしまうとは。やっぱり短かったのかな。最後に「時は戦国」から始まる告白シチュエーションまた見たいなぁ..

 

来週の試験が終わったら全力で頑張りますのでよろしくお願いします。

 

 

それでは、駄文にもかかわらず最後まで読んでいただいてありがとうございました。

次は今年のマネージャー長、りさこに回します。

チャンスの神様には前髪しかない

投稿日時:2018/11/09(金) 22:40

5年生唯一の同期である宮川から回ってきました5年生の本田です。

宮川とは中高と同じクラスになる事はなかったのにも関わらず、きっかけを覚えてないくらいにはいつの間にか話すようになっていました。そして今や部活のある日はほぼ毎日武蔵小杉駅まで一緒に帰っています。そんな彼との東横線の改札前で「じゃあ」と言って別れる日々ももう終わりに近づいているのかと思うと寂しいものですね、、。



昨年仮の最後の部日記は書いたつもりでいたので、正直何を書こうか全く決めてないのですが。

まず今年色んな人に聞かれたけれど、その度に答えをはぐらかしてきた「何で5年目でラグビーをやっているんですか?」という質問に(誰も興味はないかもしれないけれど)ちょっと真剣に答えてみる事から書き進めていこうかなと思います。



歴代の5年生の先輩方が言っているように、この1年間は昨年の岩淵組を支えてくれた特に今の4年生の力に少しでもなれたらいいなという想いが大前提にあったのは確かです。それはプレーヤーとしてでも、もしくは本当に望まれるなら2年連続で主務をやるという形でもなんでも良かったです。

だけど他にも5年目でラグビーをやろうと思った理由はありました。

昨年長期のリハビリを一緒にやっていた仲西や村上、そして自分が3年生の頃から後輩というより同期に近しい関係であった功刀と一緒に試合に出れなかった事は心残りであった事。

更には昨年の熊谷での武蔵との最終戦、個人的にはあんな残酷な終わり方はないだろうと思いました。「あの試合をやり直したい」と今でも思っている同期に代わり、何とか武蔵にやり返したいという想いはどこかで思い続けていた事。

大まかにはこんな感じです。



プレーヤーとして復帰を決めたからにはこれらの想いは常に持ち続けていました。そして5年生とは宮川も言っていたように、「勝利への架け橋」的な存在として、4年生幹部が困っているときには助け、チームを勝利へと導くべき存在でなければならないと、歴代の5年生を見て思っていました。

だけど12番という中畑さんや君武さん、藤原さんといった偉大な先輩方が背負ってきたポジションにも関わらず、パスは放れないし、期待されていたであろうタックルも今年1年間自分で納得できるタックルなんて1回もできなかった気がします。そんな自分に嫌気がさして、チームにプラスを与えるどころか足を引っ張っているんじゃないかって、下を向く時期もありました。



自分がどんなに辛い時でも、顔を上げた時に周りに見えた光景はその一瞬一瞬を各自の精一杯の力で頑張っている後輩達の姿でした。そんな後輩に促されるかのように自然と前を向いて頑張ろうと思えました。結局はチームを引っ張るどころか周りに助けられる事の方が多かったなと感じていますが、こんな素敵な仲間と一緒にラグビーをできる自分は幸せだなと改めて感じさせられました。もう残されている時間は少ないけれど、この幸せな時間を噛み締めて、悔いだけは残さないように、何か少しでもチームに貢献できるように頑張っていきたいと思います。



この1年だけでも辛かった事以上に楽しかった事は数多くありました。この楽しかった日々を過ごす事ができたことに感謝して、昨年も書いたかもしれませんが、これが本当に最後の部日記の為言い残したことはないようにしたいので、改めて感謝の意とか諸々述べさせてください。



まずは両親。ありがとう。この一言に尽きます。



近藤さん、泉さん、善太さん。本当にお世話になりました。特に近藤さん。どうしてそんなにツンデレなんですか笑 隣にいるときはからかわれてしかいないけど、たまにラインでくれるアドバイスや激励は励みになっていましたし、そして昨年から近藤さんと話している時間は楽しくて、週末のちょっとした楽しみでした。普段の馴れ馴れしい態度からはそうは見えないかもしれないけれど、尊敬してます。



松岡さん。膝やら足首やら鼻やら色々ご迷惑をおかけしましたが、この1年やり切る事ができたのは松岡さんのおかげです。ありがとうございました。



後輩のみんな。

1年生は若干生意気な奴が1人いた気もするけど笑、活き活きとラグビーしている姿を見て、少なくとも後3年ラグビー部にいれるのは羨ましいです。



2年生とは1番仲良くしてもらった気がします。特に勇気と寺澤。勇気とはほぼ毎日一緒に個人練でパスをして、迷惑もかけたけど同じCTBとして試合に出れたのは嬉しかったし、勇気の強さは身を持って体感できました。寺澤とはアップの時から練習終わった後とかも話す事が多く、そんな寺澤が成長してAに出てるのは個人的にすごい嬉しかった。2人とも本当にありがとう。



3年生には今年1年間頼もしさを勝手に感じていました。堀内も宮田も葛も、Bチームを引っ張っている人たちも。新歓学年として今の3年生は誇りに思います。



4年生。まず5年目誘ってくれてありがとう。そして迷惑かける事も多かったと思います。ごめんなさい。だけどまるで同期かのように接してくれ、とても楽しい日々を送らせてくれました。特に功刀、菅野、高田、宮瀬あたりですかね。感謝しかないです。



マネージャーさん。膝と足首という最高にめんどくさいであろうテーピングを毎日ありがとうございます。後少しよろしくお願いします。テーピング代が安くなるという奇跡、期待してます。



宮川。11年目の付き合いなんだからこの一言で充分だよね。今までありがとう、これからもよろしく。



ついにやってきた武蔵戦。

昨年の悔しさを晴らすべく、メンバー外やマネージャー、スタッフはメンバーを勝たせる為には何をすべきか、そしてメンバーは勝つ為に何をすべきかを最大限考え尽くし、実行して、全員で勝利をもぎ取りにいきましょう。



これで本当に最後の部日記を終えたいと思います。



次はりこちゃんで!よろしく!

7134分

投稿日時:2018/11/08(木) 22:29

早船君から回されました、5年生の宮川です。今年早船君にはbrotherとして色々指導を承り、お世話になりました。ありがとう。1年~4年の振り返りは去年の部日記で行ったので、今年の振り返りをしようと思います。



就職活動を終え、僕は6月上旬に部に復帰しました。そして5年目でラグビーをする以上、何かを残そう、自分なりにチームに貢献していこうと思いました。フィールドではインパクトあるプレーでチームを盛り上げ、練習運営という面でも4年生が手の届かない部分をカバーする。5年生プレーヤーとは、そんなビッグで頼りになってチームを勝たせる存在であるべきだと考えました。そこには昨年武蔵大学に大敗して入替戦出場が叶わなかった悔しさ、同期の無念を絶対に晴らすという思いも少なからずありました。



だけど甘くなかった。実際には、そんな理想と現実のギャップに苦しんでばかりでした。フィールドでは全くパフォーマンスが上がらず、中途半端なプレーしかできない。ビデオで自分のプレーを見る度に嫌気がさしました。こんなもんじゃない、自分はもっとできる、頑張らなければと思えば思うほど、パフォーマンスは落ちるばかり。僕はラグビーをする以上、今日の自分は昨日の自分より上手くならなければいけないと考えますが、それと真逆の方向に行ってる気がしてならなかった。中学1年からラグビーしてますが、こんな経験初めてでした。だからこそもどかしく、辛かった。特に対抗戦の時期になると、言い方は悪いけど、後輩の出場枠をとるという形で試合に出ることになり、その辛さは増したような気がします。とてもチームを勝たせるプレーが満足にできたとは思えません。首脳陣の、4年生の、チームの期待に応えられず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんなさい。



こんな気持ちを抱く一方で、5年目でラグビーをして楽しいことは間違いなく多々ありました。3番への転向もその1つです。今年の7月に最初吉池からその旨を聞かされた時は正気かと思いました。フロントに関して自分は全くの素人なのに、間に合う訳ないだろうと。最初のフロント練習では、姿勢も取れず、右も左も分からないし。ニーダウン辛いし。しかし全く違う世界に放り込まれても、人間不思議なもので、自然とフロントに適応しちゃっていました。自分でもびっくりです。気づいたら、今年に関してはスクラムの最後尾でロックを押す回数をスクラムの最前列でロックに押される回数が上回っていました。

そしてシーズン後半になると、スクラムを楽しむ自分がいました。全く辛くなかったかと問われれば、嘘になりますが、思った以上にしんどくなかったです。もし4年生の中で自分の3番転向を申し訳なく感じてる人がいるとしたら、そんな気持ち抱かなくて大丈夫だよ。(まあいないかもしれないけど笑)意外と楽しくやってました。むしろ3番をやるようになって、ラグビー人生の最後にスクラムという新しい世界を垣間見ることができて良かったです。最後の年になって色々勉強できるってとてもハッピーなことだと思います。また3番の経験を通じ、人間やれば何でもできるんだなといい教訓を得ました。社会人なってからも、この経験は活きるのかなと思います。



今年を振り返ったところで、少しだけ感謝の言葉を。



家族へ。変わらぬサポートありがとう。



近藤さん、善太さん、泉さん。長い間本当にお世話になりました。皆さまの期待に応えられたかどうか分かりませんが、あと少しばかりご指導お願いします。



後輩達へ。就活を理由に春シーズン休んだ自分をチームに温かく迎え入れてくれてありがとう。扱いづらい5年生だったと思うけど、みんなともう1年ラグビーできて幸せでした。心なしか距離を縮められたようにも思います。特にフロントの後輩と話す機会が増えてとても嬉しかったです。みんな色々教えてくれてありがとう。あと少し、みんなとプレーできる時間を精一杯楽しもうと思います。



最後に同期への感謝を。(もう同期は部日記を読まないと思うけど)社会人になって忙しいのにも関わらず、グラウンドによく遊びに来てくれましたね。そんな時、心が安らぐと同時にテンションの上がる自分がいました。今年の対抗戦で負けて1人グラウンドに突っ伏してる時、何も言わずに僕を励ましてくれたのも君達でした。やっぱりこの人達は大切な仲間なんだなと思い知らされた1年だったと思います。本当にありがとう。今度FWのみんなで3-3を組みましょう。



最後に。



タイトルの「7134分」という数字は、僕が1~5年生の間でこれまでの試合に出場してきた時間です。(計算ミスしてたらごめんなさい)もう本当に引退するので、試しに数えてみました。僕も小酒井同様、チームへの最大の貢献の仕方は、試合に出場してチームを勝たせることだと考えるので、これだけの時間フィールドに立っていたられたのは本当に幸せなことだと思います。しかし今となっては、その時間に見合った分チームに貢献できたかと言われると甚だ疑問です。やっぱり悔いは残る。だけど、大きな怪我なくここまで来られた自分を誇りに思います。



もうこんな風に大好きな仲間と一緒に命を燃やしてラグビーすることはないでしょう。だからこそ自分が一橋ラグビー部を去り、ラグビー生活を終えるまで、その事実を噛み締めながら、チームの勝利のために何ができるかを考えて行動に移してきたいと思います。次の武蔵、是が非でも勝ちにいきましょう。



そろそろ終わりにしましょう。次は同じ5年生の本田君、お願いします。まさかお互いこんな長い付き合いになるとは思いませんでしたね笑 ありがとう。



 

振り返るのも一苦労

投稿日時:2018/11/08(木) 01:34

今年度LOリーダーを共に務めた仲西から回されました早船です。実際はLOに関しては9/10は仲西が仕事をしてくれたので、この場で感謝を述べたいと思います。

毎年言われていることですが、4年生の部日記が回ってきて大学生活の時間の経過の速さをしみじみと感じています。下級生には残された時間を自分よりも有意義に使ってほしいと思う今日この頃です。

部日記が回ってきて何を書こうか悩んでいるときに、同期の投稿を読んで結構びっくりしました。みんな色々考えて悩んで4年間過ごしてきたんだなあって。自分はだいぶ楽観的で、嫌なことがあっても寝たら次の日には忘れている性格なので、一つの事に長期間悩んだという記憶があまりありません。だから任された仕事も行き当たりばったりになることが多く、先日大池に言われた「お前の仕事は全部中途半端なんだよ」という言葉はグサっと刺さりました。4年生にもなると面と向かって注意してくれる人が少なくなるため、ボロクソに言ってくれる同期は本当にありがたいと感じています。そんな言葉も寝たら頭の片隅に追いやられてしまったわけですが。

さて、定番の4年間の振り返りをしようとしましたが、仲西に「お前は記憶を頼りに喋るな」と言われるくらい記憶力が悪く大学生活のすべての回顧は労力がかかりそうなのでここ1年間を中心にします。

昨年の岩淵組と秋山組が入れ替わるころ、役職を決めるときに僕はFWリーダーをやりたいと立候補しました。一橋のFWに足りないのはDFの部分よりもATでゲインしていく力だと思っており、それを補強できるのは同期内では自分だと本気で思っていたからです。ただ、一橋のカラーとしてDFを重要視する点や、当時脳震盪でそもそもプレーできるかすら不明だった僕は冷静に考えてリーダーは務められず、現在の宮瀬になりました。今となっては宮瀬がリーダーを務めてくれて本当に良かったと思っています。もし僕になっていたらAT一辺倒でつらいことは避けて独裁政治が行われるユニットになっていたでしょう。

幹部陣にならなかったとはいえ、4年生ともなれば大なり小なりチーム全体の事を見るようになります。そこで僕が思ったのは、ハングリーなプレーヤーがもっと増えればな、ってことです。一人もいないとは微塵も思いませんが、チームのより多くがもっと貪欲に個人のレベルアップを目指していれば、もっとチームとしても強くなったのかなと今になって思います。
チームのために頑張る、誰かのために頑張る,とかでも全然いいんですけど。でも結局勝てないと頑張った意味って見出しづらいです。だから「目の前の奴をぶっ潰す」「同期にウェイトで差をつける」「自分のポジションで自分じゃないやつが試合出てるなんて許せねえ」みたいに高潔じゃなくても自分が一番本気で頑張れる目標を探せば、結果的に自分の成長につながると思います。このメッセージは、今公式戦に出られていないメンバーに伝わればいいなと思います。ちなみに僕は1年生のころ尖っていた吉池くんに「お前はAチームじゃねえからわかんねえだろうけどよ」と言われブチ切れて次の練習からATでもDFでも吉池に本気でコンタクトしてたら2年生になってAでちょっとずつ使ってもらえるようになりました。懐かしい思い出です。

全く別の話ですが、秋山組の初めに個人で目標を立て、僕は「嫌われてもグラウンドでは厳しくプレーする」としたことがありました。その通り今年は同期にも後輩にもアドバイスや注意をしてきたつもりです。だからこそ、うるせえって思われてんのかなーとか実際嫌われてたらやだなーとか思っていました。そこで嬉しかったのは、後輩に指摘が分かりやすくて良いっすねって言ってもらえたことです。本当に些細なことですが、自分が一番頑張っていることを評価してくれて本当に嬉しかったです。たくさんいるけど、戸田・倉光・KCが特に印象に残っていて面と向かっては絶対に言わないので、ここに感謝を記します。

つらいこともあったけど、個人的には圧倒的に楽しいことが多かった4年間でした。
最後の締め括りもいいもので飾れるよう、最終戦まで全員でやりきりましょう。

以上、建前ではなく本音をぶちまけた部日記でした。読んでいただきありがとうございました。

非常な長文になってしまい、また纏まっておらず大変見苦しく申し訳ありません。最後の部日記故お許しください。

次は秋山組のFWを支えてくださった、我らが兄貴宮川さんに回します。昨年同様思いの丈を綴ってくれるでしょう。


秋山組ウェイトリーダー兼1/10LOリーダー兼ヒット番長兼肩書き番長 早船仁
 
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