大きくする 標準 小さくする
DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2013/11

<<前へ

最後の日

投稿日時:2013/11/23(土) 21:50

山村です。

4年前の4月。
いつの間にか入部を決めたことになっていたあの日から僕の一橋大学ラグビー部が始まりました。

沢山の先輩が卒業して、沢山の後輩が入部して色々な事がありました。
楽しいことだけじゃなく、辛い練習も、怪我も、イベントもあったけど、
このチーム、このメンバーだからこそ乗り切れたと思います。

今シーズンは主将として過ごしてきて、支えてくれる人の暖かさを強く感じました。
近藤さん、善太さん、倫子さん、同期に後輩達。
本当にお世話になりました。


でも今年のチームもあと一日。


最終戦を前に思うことは沢山あります。
楽しかったこと、辛かったこと。
感謝の気持ち。

でも今一番に思うのは明日勝ちたいということ。
これまでチームがバラバラになったことも沢山あったけど、
この気持ちはきっと一つだと思います。

頼りない主将を1年間も支えてくれた同期と後輩達。
明日は今年の全部を出そう。
「今年も良いシーズンだった」って胸を張って言えるように。


グランドに寝っ転がって見る空

投稿日時:2013/11/22(金) 00:22

飯島です。

昨日、練習終わってゆっくりお風呂に浸かっていたら僕の服来た小野がニヤニヤしながら風呂入ってきました。ふざけんな出て行けなんて僕が言う頃にはもう小野は皆にお湯かけられてびしょびしょになってました。
部日記見返してみたら去年の同じ時期に丹羽さんが同じことされていていました。丹羽さんの事を尊敬していた僕としては丹羽さんに少し近づけたのかなという嬉しい気持ち30%、小野への憎しみ30%、ラグビー部のこの伝統が今後も続くだろうという喜び40%を小野にぶつけたいと思います。今年流行りの「やられたらやり返す倍返しだ」ってやつですね。
 
さて大和田常務が長い時間かけて土下座していた頃に始まった今年の対抗戦も最終戦を残すのみ。同時に僕がラグビーするのもあと2回の練習と1回の試合だけになりました。
 
振り返ってみるとい色々なことがあった4年間だったけど、今年の一年間は特にそうでした。副将・FWリーダーというみんなを引っ張っていく立場なんか人生の中でなったことなくて慣れないことばかり、自分の中での理想のリーダー像と現実のギャップを常に目の当たりにして戸惑うことも多かったです。勝てるチームを作ること、チームを盛り上げることっていうのがどれだけ難しいのか実感しました、いかに先輩たちがすごくて、そして自分はいかにそれに甘えて過ごしてきたのか。

そして今年も結局沢山の人たちに支えられてしまいました。
忙しい中でもグランドまで来て、技術面だけではなく精神的なことも含めて未熟すぎる僕らに教えてくれた近藤さん、善太さん、倫子さん、OBの方々。
いろいろ自分勝手な要望を聞いてもらい迷惑かけたけどしっかりサポートしてくれて一緒に戦ってくれるマネージャーの皆。
試合中はスクラムの最前線で体を張り、それ以外でも僕が助けを求めたら絶対に力になってくれた黒川さん。
そしてなにより後輩の皆。試合中辛い時でも隣を見たらたくさんバッキングしてたくさん凄いタックルする仲間がいて、それを見てはもっと自分も頑張らねばと自分を奮い立たせてくれました。本当は自分がみんなをそうさせなきゃいけないのに。練習中でもいつでも声出してくれる後輩がいたら本当に嬉しかった。みんなが上手くなっていくのを見るのが楽しかった。
皆さん本当にありがとうございました。

本当にこの一年間みんなのおかげでなんとかここまでこれました。4勝以上するという目標は達成できなくなったけどそれに値するだけの強さをもったチームになった。それを証明するためにも次の上智戦は絶対に勝ちましょう!
 
 
 
 では次は主将の山村で。

home sweet home

投稿日時:2013/11/18(月) 12:27

こんにちは。
マネージャー長の村井田です。
「マネージャー長」ってなんなんでしょうね。
決められた仕事がいくつもあるわけではないので、自分が「マネージャー長」として何をしたらいいのか、結局明確な答えは出ないままでした。
後輩たちに「さすがマネ長!」って言って持ち上げられるフリをして馬鹿にされることでしょうか。

でも自分の中での「マネージャー長」とはなんだか「お母さん」的な役割のイメージがあったので、私はそうなろうと思ってきました。
後輩たちにはいつも口うるさいことばかり言ってしまい、申し訳ないです。
・・・とは、まあ思っていないんですけど。
なんだかこの1年で一生分の小言を言ってしまったような気がしているので、元が「怒ったところを見たことがない!」というくらい温厚な性格の私は、将来自分の子供が生まれたときに言える小言が残っているかどうか心配です。

それはともかく、私のことをそういうイメージの通りに思ってくれた人もいれば、そうじゃない人もいるだろうし、ただただうっとうしかった人もいると思います。
それはそれで構わないんです。
ただ、もしも私のことを「いいマネージャーだった」とか、「いてくれてよかった」と思ってくれる人がいるとすれば、それは常に私のそばにいたもう一人のマネージャーのおかげだと思います。
偉そうに前に出てしゃべっているだけの私の後ろで地味な仕事も細かい仕事もきちんとこなし、私の偏った意見をうまくフォローして、愚痴や文句も嫌な顔もせず受け止めてくれた、そういう人がいたからです。
ずっと気が合わないと思っていたけれど、今でも思っているけれど、本当に感謝しています。
いや、いつもいつも感謝していました。ありがとう。



マネージャー長として何をするのか、ということもずっと考えてきたけれど、この数年の間にたくさん出来た後輩たちを見ていて思うのは、やっぱり「マネージャー」って何なのか、ということです。
これは私の一個人としての主観的な意見だし、私が知っているこの4年間の一橋ラグビー部に限ってのことですが、マネージャーというのは楽な仕事だと思います。
誰かに明確な優劣をつけられて否定されることもなく、自分のせいであの試合は負けたんだと後悔して自分を責めることもなく、ただ週に半分はグラウンドに来て、ルーティンワークをこなしながら時々は新しい仕事を見つけて、自分たちは役に立ってると喜んでいればいいからです。
そういう人がいたわけではなく、そうでもやっていける、というだけです。

私は3年生の頃まで、勝利というのは夏が過ぎて秋になると毎年、ちらほら空から降ってくるものだと思ってました。
それは年に数回降る年もあれば、一回も降らない年だってもちろんあるだろう、とはわかっていました。
ただ、それは「そういう年だったから」であって、「今日はこういう天気」で私達がどうしようとそれは変わらない、そのくらい曖昧で、不確定で、だけどどうにもしようがないと、思っていました。



4年生になって初めて、毎日何にも考えず同じ日常を過ごして、秋がきて空を見上げて待っていても、勝利は降ってこない、と気づきました。
それは自分たちの手で作り出さないと、一生見ることができないんだと気付きました。
それに気づいたとき、自分にできることはほんとにわずかでした。
残された時間も少しでした。
時間があれば、もっと早く気づいていれば、少ないながらもできることはもう少しあったと何度も思いました。

だから後輩のマネージャーには、忘れないで欲しいです。
常に自分たちには想像もつかないプレッシャーや挫折や、それ以上の達成感のある世界で戦っているプレイヤーがいるということも、そういう人たちと気持ちを一つにしてチームに属する覚悟が要るんだということもです。
4年生になったら絶対に、後ろを向かないで後輩を前に引っ張って欲しいです。
後悔は必ずするだろうけど、勝てば何もかも吹っ飛びます。
自分に何ができたのか、自分のしたことの意味は何なのか、そんなことをうだうだ考えるのは結果に満足できなかった時です。

だから自分の同期を、その同期についてくる後輩を、自分たちのチームを、必ず勝たせて下さい。
私も、最後の瞬間まで、勝つためにできることを諦めないです。
最終戦で、絶対に勝ちます。



長くなってしまいましたが、最後に。
私はずっと、ラグビー部に入ってよかったと思ってきました。
この部活が何より好きでした。
そう思えたのは、子供な私をひたすら可愛がってくれた先輩たちと、私の親心をバカにしつつもなんだかんだで可愛かった後輩たちのおかげです。
3年前、まだ1年生でしかもマネージャーの私に、当時の主将だった犬塚さんが言ってくれました。

「部員は家族だ」って。

本当に、大事な家族と4年間過ごせたことが嬉しいです。






次は、何も言わなかったけど、その背中で私に勝利への執念を教えてくれた、副将・飯島で。




ACTION

投稿日時:2013/11/14(木) 11:17

今年度主務を務めている新見です。
 
とうとう最後の部日記が回ってきました。
 
 
ふと思い返してみると
丹羽さんに東門の前で「お腹すいてる?ご飯でも食べる?」と声をかけられたのがラグビー部との出会いでした。すごいアットホームで優しく新歓されて、なんやかんやで入部してからもう3年半が経ちます。
 
 
ラグビー場ではパス練、タックル練、ランと数えられないくらい練習したし、吐くほどきつい練習もありました。
 
 
練習以外でも夜中まで麻雀したり、風呂に投げ入れられたり、家を荒らされたり、イタ電かけさせられたり、後輩の家に遊びに行ったり、ご飯に行ったりと
本当に先輩や後輩とたくさん過ごしてきました。
正直思い返してみると、嫌なことの方が多かった気がしますが今となってはいい思い出です。
 
 
そんなラグビー部の生活があと少しの今思うことは、ただただ最後の上智戦に勝ちたいということだけです。
 
 
この一年間本当にたくさんの方の協力がありました。
毎週来てくださる近藤さんやみちこさんやOBの方々には本当にお世話になりました。
最後に勝利という形で恩返ししたいと考えています。
 
 
5年生になってもラグビー部にコミットしてくれている黒川さん
チームのことをプレー面からひっぱてくれる3年生
僕のことを友達だと思っている2年生
僕のことを馬鹿にする1年生
 
そして最後の最後まで迷惑かけっぱなしだった同期
 
 
本当にありがとう。
 
あと練習も数回しかありませんが、まだ上手くなることもできるし、引退する最後の瞬間まで上手くならなければならないと思います。幸運にも最後の上智戦はたくさん練習してきたホームで行われます。
あと少しだけ皆でラグビー上手くなって最後の最後ホームで勝って締めくくりましょう。
 
 
あまりうまくまとめられませんでしたが、以上です。
 
 
次はマネージャー長の村井田さんお願いします。

嗚呼。我々は今あなた方を黙らせに来た訳なのだから ただ白帯のまま黒帯のお前を倒して 帰るだけなのです

投稿日時:2013/11/12(火) 23:12


2度目の引退を迎えようとしています。黒川です。


よく大学5年目もラグビーをプレーしていると人に言うと「ほー、じゃあ相当ラグビー好きなんですね」なんて言われます。そこで爽やかに「はい、大好きです」とか言える人間だったら僕の人生も多少違ったものになっていたのかもしれませんが、なんかどうしても恥ずかしいというか、11年も連れ添った奥さんに対して今更好きとか言うみたいな照れくさい感じがして、かといって「嫌いだよあんなもん」とも言えなくてなんとなく「はあ…まあ…そうですねデヘヘ」なんて言ってお茶を濁しています。

一時期「好きとか嫌いとかじゃないんですよ。やるかやらないか、ただそれだけなんです。」って答えたらかっこいいかなと思って鏡の前でそのセリフとドヤ顔を一人で練習してた時期もあったのですが、幸か不幸かそれを披露する機会は無く、今にして思えば絶対ウザがられそうなので人に言わなくてよかったです。


この例からも分かるとおり、DD(デリケートなデブ)かつHGY3(恥ずかしがり屋さん)である僕は後輩に対しても特に何か自分から話しかけたりご飯とか誘ったりすることが苦手で、後輩からはあんまりいい先輩だと思われなかっただろうなと反省しています。もうあんまり時間は残されていないけど、あと2週間くらいいい先輩でいられたらなと思っているので、せめて練習後に何回かは誰かご飯に連れていきたいなと思っています。



さて、対抗戦ももう6試合を終えてしまいましたが、試合前日のジャージ授与のたびに、後輩からジャージを手渡されるっていうのはこれはこれでまたちょっと感慨深いものがあるな、なんて思っています。
後輩のみんなと初めて会った日のことは自分でも意外なほど一人一人ちゃんと思い出すことができて、
初めての新歓でソワソワしてたときに大阪の高校でFBやってた奴がいると聞いたときは当時ルームシェアで同居していた犬塚さんと「期待できそうっすね!」とか自転車こぎながら話したこととか、
合格発表でなんか背が高い奴に話しかけたら前年引退した作井さんの高校の後輩で、張り切って新歓のメール送ろうとしてたら「お前には任せられん」とメール担当を新歓隊長の板谷さんに代わられてしまったこととか、
元千葉県選抜のFLが練習を見に来てくれた!と思ったらその日のFWの練習が曼荼羅とのガチコン合同練の日で、話しかけたら引きつった顔で「大学ではBKやりたいです…」とか言ってたこととか、
キリがないくらい昨日のことのように思い出せてしまうのですが、今挙げた3人は1年のころからあっという間に自分を追い越して試合にバンバン出ていて、すごいなあ、頼もしいなあ、でもちょっと自分は情けないなあ、悔しいなあ、と思いながら2年生の僕は見ていました。
そんな彼らが今では本当に立派に、ボロボロになりながらチームを引っ張っていて、そんな彼らから「お願いします」とジャージを渡されると、やっぱりジーンとくるものがあります。


そして今書きながら、後輩との思い出のはずなのにその中で必ずと言っていいほど先輩方や同期の顔も思い浮かんできて、なんというか、自分はこのチームの中で本当に先輩にも後輩にもそして同期にも恵まれて、本当に幸せな5年間を過ごすことができたんだなあと思いました。
お礼を申し上げたい方を挙げたらキリがありません。
先輩方、OB様方、同期、後輩、近藤監督、みちこさん、ぜんたさん、水上さん、米澤さん、曼荼羅クラブの皆様、本当にありがとうございました。



もう少し書きたいので続けます。



過去自分が見てきた「5年生」の先輩の方々は皆上手くて、目に見えるインパクトとか勇気とかをチームに与えていて、助っ人と呼ぶに相応しい方々でした。
自分が5年目の今年ラグビーをプレーするか迷っていた理由の大きな一つは、自分がそうした「助っ人」に相応しい活躍をできるか不安であった、というかできないだろうな、と思っていたことでした。


その気持ちが変わっていったタイミングはいくつかあったのですが、そのうちの一つが、春シーズン、5月の武蔵大学との試合でした。


相変わらず燻ってるんだかよく分からない気持ちを抱えつつブラブラとお手伝いをしていた僕はこの試合に出ることはなかったのですが、目の前で好き放題トライを取られて、50点差をつけられて、みんな下を向いていて、そして飯島が泣いていたのを痛烈に覚えています。


いっちょまえに、ああ、なんとかしてやらなきゃ、これ以上今の4年生達を泣かせちゃいけない、と思いました。


去年、対抗戦5勝を目標に掲げておきながら結果は1勝。チームを率いていた一人であった僕は君達を導くことはできませんでした。


今年のチームを率いている4年生にとって、去年の「1勝どまり」という事実がどれだけ君達のプライドを傷つけるものだったか。
チーム発足時に目標や方針を掲げるにあたってどれだけ残酷な言葉と向き合わせざるを得なかったか。


今年ラグビーをやること、このチームを勝たせる力の一欠片にでもなることが、昨年度副将の自分なりの責任の取り方でした。


ただ実際、今年ここまで試合に出させてもらって、自分がちゃんと「助っ人」できているのか不安に思うことも多いです。試合でミスをやらかした夜は、後輩の出番を奪っている分際で何をやっているんだと、自分は何のためにいるんだと思い眠れなかった日もありました。


4年生を4回も泣かせてしまいました。


でも一昨日、その武蔵に対して対抗戦の舞台で勝つことができました。80分間全員前を向いて戦うことができました。自分がそのグラウンドに立っていられました。
本当に嬉しかったです。
試合に勝つとそれだけでも自分が今ラグビーをやっていることが少しは報われた気がします。


だからあとひとつだけ、最後にもう一度だけ、みんなで勝とう。
もう本当にこれ以上4年生を泣かせないために、ラグビー部の未来のためにも、自分のラグビー人生の全てをかけて、上智に挑みます。



最後に、


やっぱりラグビー大好きです。

 



次は主務の新見はんで。


 

«前へ

<< 2013年11月 >>

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

アーカイブ

2018年11月(12)
2018年10月(4)
2018年9月(1)
2018年8月(4)
2018年7月(4)
2018年6月(3)
2018年5月(3)
2018年4月(5)
2018年3月(3)
2018年2月(5)
2018年1月(5)
2017年11月(15)
2017年10月(4)
2017年9月(3)
2017年8月(11)
2017年7月(1)
2017年6月(2)
2017年5月(3)
2017年4月(1)
2017年3月(2)
2017年2月(3)
2017年1月(2)
2016年12月(1)
2016年11月(11)
2016年10月(2)
2016年9月(3)
2016年8月(10)
2016年7月(2)
2016年6月(1)
2016年5月(2)
2016年4月(2)
2016年3月(2)
2016年2月(5)
2016年1月(5)
2015年12月(2)
2015年11月(11)
2015年10月(3)
2015年9月(3)
2015年8月(4)
2015年7月(3)
2015年6月(4)
2015年5月(5)
2015年4月(3)
2015年3月(3)
2015年2月(6)
2015年1月(2)
2014年12月(3)
2014年11月(8)
2014年10月(4)
2014年9月(5)
2014年8月(3)
2014年7月(9)
2014年6月(6)
2014年5月(1)
2014年4月(1)
2014年3月(1)
2014年2月(3)
2014年1月(2)
2013年12月(2)
2013年11月(6)
2013年10月(5)
2013年9月(4)
2013年8月(2)
2013年7月(4)
2013年6月(2)
2013年5月(5)
2013年4月(5)
2013年3月(7)
2013年2月(4)
2013年1月(6)
2012年12月(3)
2012年11月(12)
2012年10月(4)
2012年9月(8)
2012年8月(3)
2012年7月(2)
2012年6月(3)
2012年5月(4)
2012年4月(10)
2012年3月(10)
2012年2月(7)
2012年1月(3)
2011年12月(3)
2011年11月(7)
2011年10月(6)
2011年9月(5)
2011年8月(4)
2011年7月(4)
2011年6月(3)
2011年5月(2)
2011年4月(5)
2011年3月(3)
2011年2月(3)
2011年1月(5)
2010年12月(5)
2010年11月(8)
2010年10月(7)
2010年9月(8)
2010年8月(3)
2010年7月(4)
2010年6月(4)
2010年5月(4)
2010年4月(11)
2010年3月(6)
2010年2月(9)
2010年1月(5)
2009年12月(5)
2009年11月(11)
2009年10月(12)
2009年9月(10)
2009年8月(3)
2009年7月(7)
2009年6月(11)
2009年5月(6)
2009年4月(10)
2009年3月(8)
2009年2月(10)
2009年1月(6)
2008年12月(7)
2008年11月(11)
2008年10月(6)
2008年9月(9)
2008年8月(4)
2008年7月(7)
2008年6月(5)
2008年5月(4)
2008年4月(4)
2008年3月(13)
2008年2月(16)
2008年1月(13)
2007年1月(8)