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DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2016/11

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石を積む

投稿日時:2016/11/27(日) 08:38

日々、石を積み上げていく。
それはどれも均一でなく、複雑怪奇な形をしたものがまじってある。
完成図はぼんやりとある。設計図はない。手に取る部品は未知だ。
それを積み上げていく。崩れないように、少しでも高く。時に風が吹いても、雨が降っても、少しずつ、少しずつ。
この1年を例えるなら、そんな石積みのようなものだった。

2015年11月29日、悔し涙を流したその時から、1年後を臨み、必要なことを洗い出し、石を積み上げていった。主将としてグラウンドにたち、また日々の練習を立案し監督する身としてそれは、今までにない平衡感覚と視野の広さを必要とするものであった。
思えば4年前、大学のラグビーとは如何なものかと思っていたが、その心配をよそに環境の良さと人の好さに驚かされた。先輩方のレベルは想像を超えて高く、例年大きく負け越しているチームとは思えなかった。だが、生意気にも、何か足りないものも感じていた。今にして思えば、それは勝利への執着心であったように思う。

勝って喜ぶのは当然。だが、強豪に負けて悔しがることがなかった。目標4勝という数字の背景にはどれほど、一体どれほどの負の歴史があったのだろうか。今日では到底想像も及びつかない。
同期が多かった。その中で、近年では久しくない二桁の新入部員、それも、いずれもレベルの高い同期で、鼻が高かった。今でも覚えている。柔道部と入部を迷う熊谷を新歓でいった”はたご屋”で口説いたとき、「一緒に入れ替え戦に行こう」という言葉が共感を誘っていた。そしてその言葉は、決して虚言ではなかった。この代ならば、という思いがあったのだ。その機会は奇しくも想像より早く来るのだが。
そして何より、一橋には思考し続ける土台があった。弱小校が強豪を倒すために、知恵を絞り、脳を絞りだして出る一滴の汁を激しい練習で煮込む。だから、シーズン発足の瞬間から、目標は迷わず、入れ替え戦勝利 であった。それを達成しうる人材も、環境も、土台もそろっていた。

しかし、手に取る石は、常に平ではなかった。タフと唄いながら、疲労度を度外視した練習、増加する怪我人。練習に対する不満。なかなか勝てない練習試合。角ばった石たち。いつ不満が爆発してもおかしくない状況のなか、忙しい主将像のような何かに忙殺されていた。あるいは、2年前にみた偉大な主将像が、影となり、かえって視野を閉ざしていたのかもしれない。それでも前に進もうと自分に言い聞かせた。苦しくても、前に進み続ければ、いつか答えにたどり着ける。

思考の停止であった。部員の、同期の、環境の長所よりも欠点に目が行った。こいつらは勝とうとしているのか。周りに味方など誰もいないのではないか。気づけばシーズン前に描いていた、理想の主将像は見えなくなっていた。前に進むと思っていた行為が、前進であるのかさえ、わからなかった。積み上げた石は、あと少しの突風でもろく崩れるところであった。

それでも、自分が半ばヤケになった時、いつも味方をしてくれたのは熊谷だった。高橋は1年間よく走った。合宿でみんなが下を向くなか、門屋が気を使って盛り上げてくれて、本当に助かった。大池は1年で1番成長したよ。木村が、縫合でなく切除を選んでくれた時、俺はうれしかった。そんな木村と早船の選考はいつも最後まで悩んでいました。小酒井。残ってくれてありがとう。仲西。自分で疑問を持てる仲西なら、復帰してすぐに追いつけるよ。堺のリフトが上達していくのはうれしかったです。和田と濱中は、LOの練習密度を上げてくれました。対面で一番うまいと思ったのは伊東でした。宮瀬は理不尽なタックルを磨いてくれました。葛はよく自分で考えてプレーできるのが長所です。認めます。この部の1番の負けず嫌いは、鋤柄です。そんな鋤柄に、集合のたびに絡む倉光に癒されました。村上は、1番センスがあると思います。吉池は、来年はFWを引っ張れるように。お前ならもっとできるよ。高垣はチームマン。ロック道を究めてほしい。いつも、集合したとき一番近くにいてくれる宮川の存在が、頼もしかった。もう一回だけ、力を貸してください。
チームランでは、宮田のスピードに度肝を抜かれました。菅原に何度も止められました。堀内には何度もキックで裏を取られました。菅野にハンドオフで外されました。PRIDEを感じました。松尾の立教戦のタックルには震えました。荻原は、誰もいないときに、自分のいない場所の掃除をしていました。花見は常に後輩のモチベーションを気にかけていました。大屋は、だれよりもうまくなるために時間をかけて努力していました。倉嶋も負けないくらい、練習していました。そんな練習に、片野田が怪我しても付き合ってくれていました。功刀が赤黒を着れるようになったのは、自分の持ち味をしっかり出せるようになった実力だと思います。秋山と高田には、今シーズン無茶な注文ばかりしてしまって、ごめん。これからのBKを支えるのは君たちです。堀切には偉そうに色々と注文してしまいました。本田と山本は、良いタックラーになったね。来年のチームをDFから支えてください。そして、そのBの成長を支えてくれたのは、間違いなく広大と岳俊のおかげだと思います。心からありがとう。
のりさん。電話、忘れません。岡崎さん、しょうまさん。クソ生意気な後輩ですいません。何度も助けられました。恩返しはできませんでした。あと1試合、力をお貸しください。小林も、続けるか悩みながら、ここまで来てくれてありがとう。雄吉。今シーズンはケガも多かったけど、最後に帰ってこれてよかった。玉代勢には本当に、負担をかけてしまいました。そしてネガティブになりかけたBKをいつも鼓舞してくれた岩淵。助かりました。そしてマネージャーのみんな。今年ほどマネージャーに助けられたと思う代もいないでしょう。本当にありがとう。そして、同期。我らがアホな同期よ。なぜサソリを食うという発想になるのか。八木沼には感謝してもしきれません。お前がいなかったら一橋のLOはなかった。そして藤井。最後までいちゃもんばかりで、本当に苦しかったと思う。藤井は誰よりも考えていること、知っています。ありがとう。
 
無限に続くと思えた石積みも、気づけば、もう次の石はありません。
近藤さん、善太さん。至らぬ主将で迷惑ばかりかけてしまいました。植木さん、倫子さん。1年間本当にお世話になりました。上田さん、近所のラグビーうまいおじさん方。何度も知恵とコネと力を貸していただきました。そして1人前の男にしてくださった竹内さん。FWの増量を手助けしてくださった阿久津さん。その他多くの関係者、家族、保護者の皆様、OBの皆様の手助けを借り、なんとかここまでやってこれました。自分がラグビー部の主将でいられる時間も、残りわずかです。
こんなに人に、仲間に恵まれていながら、遂に大願を果たすことがかなわない。こんなに可能性に満ちたメンバーに、新たな景色を見せてあげられない。今年こそ、今年こそ、という周囲の声を一身に受けていただけあり、本当にこの結果は悔しくてたまらないです。ただ最後、このシーズンの終わりは、まだ自分の力で変えられる。変えよう。見せつけてやろう。

そして最後に。グラウンドにまだ蛍雪積もる冬、この部の目標を最初に否定したやつがいた。出鼻をくじかれる思いだった。幾度も心を折られていた彼のために、対抗戦を戦い抜きたかったから、本当に悲しかった。けど、気付けば一橋ラグビー部の顔になっていました。努力は報われると、証明しよう。
 

2016年度主将 田口航平

喧嘩上等!

投稿日時:2016/11/27(日) 00:10

ノリさんから部日記を回された藤井です。ちなみにノミを数万匹も飼った記憶はございません。1年のときに家の中で出所不明のアリの行列を見たことはありましたが(駆除に1週間くらいかかりました)。

 

先に謝らせていただきますが、書いているうちに割と長くなりました。流す程度にお読み下さい。

 

最後の部日記ということで、やはり4年間を振り返ってみようと思います。

1年のときは、同クラのハルキ君とBチームでセンターを組んで楽しくラグビーをやっていました。2,3年でメンバーに入れたらいいなくらいの気持ちでしたが、シーズン中立石さんがぎっくり腰になり、急遽メンバー入りをさせてもらうことになりました。それ以降ずっとスタメンでやらせてもらえているのは本当にありがたいことです。近藤さん、立石さん、ありがとうございます。(でわしーとやよい軒でけんかしたのも1年のころでした。)

 

2年目は立石さんにウイングとしてのプレーを叩き込まれました。色々注意されすぎて、よく不機嫌になっていました。夏合宿の試合ではプレーが上手くいかな過ぎていらいらして自分勝手なプレーをしていたら、試合中にきみたけさんにめっちゃ怒られました。ごめんなさい。めんどくさい後輩でしたが、やっぱり成蹊戦に勝ったときはすごくうれしかったし、入れ替え戦に(発熱で)出れなかったのは本当にくやしかったです。みんなが試合している頃、ホテルで一人延々と校歌を歌ってました。(あと、まゆちゃんの誕生日に田口とけんかしたのがこの年です。)

3年のときは、やっぱりきみたけさんに反抗的な態度をとっていました笑。色々衝突もありましたが、きみたけさんノリさんのむさんはそんな僕に色々アドバイスをくれつつも自由にプレーさせてくれたので、対抗戦では自分なりに納得のいくプレーができました。(ちなみに、夏に藤原とぎくしゃくしたところにゼミ合宿を迎え、一泊二日、一言も話しませんでした。)

 

そして、4年目。自分たちの代になりました。僕たちは主人公の代だと思っていました。もっというと田口は主人公だと確信していました。というのも、1年の明学戦のハーフタイム、明学相手にくらいついてはいたものの皆沈んでいるところに、1年ながら8番のユニフォームを着ていた田口が「去年の明学戦の悔しさ思い出して頑張りましょう。俺わかんないけど。」とチームを鼓舞していたのです。それを端から見ていた僕は、あーこいつ主人公だなと内心思っていました。そんな田口を主将に据えての代。僕はバックスリーダーを務めることになりました。(4年目は、バックスのコールがFWに伝わらないことを八木沼の耳のせいにして言い争いになりました。あと、国公立決勝のPGをめぐってミーティング中鋤柄とけんかしました)

 

 

自分の知るバックスリーダーは、山村さん寺島さんきみたけさんといった頼れる先輩たちだったので、僕もそうなりたいと思っていました。ですが、春シーズンから自分の無能さを痛感させられました。ハーフタイムでバックスに的確なアドバイスが送れなくて、練習間のフィードバックも上手いこと言えなくて、挙句の果てに腰を痛めて何試合も休んでみんなに迷惑かけて。対抗戦では、ターゲットゲームである明学戦、立教戦をベンチの横で眺めていて。

1年間後悔だらけのバックスリーダーでしたが、なんとかやってこれたのは主に3年生のおかげです。スタンドとしてFWにもBKにも色々と指示を出してくれた玉代勢、圧倒的なプレーだけでなく今年になって発言してくれるようになった雄吉、口下手で盛り上げ下手な僕の横で声出してバックスを明るくしてくれた岩渕、Bチームの練習や試合の指揮をとってくれた山口、春シーズンけが人が多くつらいときにチームを支えてくれた本田と山本。本当にありがとう。

2年生も、ほぼAチームのためになっている練習で、毎回全力でDFATしてくれてありがとう。それと、個人的に2年生の馬鹿話を聞くのが心の安らぎになっていました。3年になってもそのままでいてください。1年生もセンスフルなプレーでAチームを脅かしてくれました。ありがとう。

そして、もちろん忘れてはいけない、ノリさん。4年がパンクしているところに、去年主将をやった知識をもって色々アドバイスをして下さいました。プレーヤーとしても助けてくれて、ノリさんがいなかったら対抗戦中ハーフが回りませんでした。本当にありがとうございます。

(感謝が長くなったので同期バックスへの感謝は割愛します。)

 

今年のチームは今までで一番強い、と思います。でも明学、立教に負けてしまいました。負けたことも、グラウンドに立てなかったことも、どっちもすごく悔しかったです。今年の一橋は間違いなく強いのに、結果に表れなければ誰にも理解されないこと。それも悔しいです。入れ替え戦への道は途絶えてしまったけど、残り1試合、成城戦が残されています。舞台は過去に1勝しかあげられていない熊谷、相手は去年負けた成城、メンバーはけが人がみんな戻ってきてのベストメンバー。一橋の全てを出せる環境は整ってます。1年間やってきたことを全て出して、熊谷に応援しにきてくださる方々に今年の一橋の強さを見せつけて、田口組を終えたいと思います。

 

次は、1年間すべての時間をラグビーに捧げ、各方面のハブを全てこなし、圧倒的なキャプテンシーでみんなをまとめ、今年も怪我に苦しめられつつも毎試合活躍していた、我が同期田口で。1年間ありがとう。

高く、高く、飛んでいたい

投稿日時:2016/11/26(土) 08:47

おはようございます、5年生の福山です。去年相当長い部日記を書いたのを覚えています。確か過去を振り返ったり、自分がラグビーを通して学んだ事を書いてみたり、皆への感謝の言葉を綴ったりしました。読み直してみるとあれ以上の部日記を書ける気がしません。他の4、5年生も大学生活を振り返っているので、今回は自分に言い聞かせるという意味も込めて、私が好きな話について書きたいと思います。
 
心理学では有名な「ノミ」の実験の話があります。ノミと言えば、藤井が家で数万匹飼っている虫の事ですが、実はあの小さな体で1m以上飛び跳ねる事ができるのです。人間でいうと数百メートルジャンプしているのと同じです。いかにノミがすごい能力を持っているかという事がわかります。そんなスーパージャンパーのノミをガラス瓶の中に閉じ込めて蓋をしてしまいます。もちろん蓋がある状態では蓋以上は飛び跳ねる事はできないのですが、不思議なことに蓋を取った後でもガラス瓶の中のノミ達は、かつては1m以上飛び跳ねていたのにも関わらず蓋の高さ以上飛び跳ねる事ができなくなってしまうのです。ノミは「蓋の高さまでしか飛べない」という心理的限界を作ってしまい、高く飛び跳ねることを忘れてしまうのです。
 
さてこの話、人間に置き換えてみるとどうでしょうか。人間はそれぞれが苦労、挫折、悩みを抱え日々戦っています。そんな時に
「自分はダメだ。」
「頑張っても無駄だ。」
「どうせ失敗する。」
と自分で心理的限界を作ってしまうとそれ以上高く飛べなくなってしまいます。皆本来は素晴らしい能力を持っているのにも関わらず、ガラス瓶の中のノミの様に本来の力を発揮できなくなってしまいます。ラグビーでも一緒です。試合でミスをしてしまったり、メンバー入りできなかったり、大きな怪我をしてしまったりすると「自分はダメ」だと思ってしまう。大きな壁に直面したそんな時こそ人には無限の可能性があるという事を思いだしてほしいです。どんな状況に置かれても自分の無限の可能性を信じて、高く飛ぶ努力をしてほしいです。
 
実はこの話には続きがあります。そのガラス瓶の高さにしか飛べなくなったノミの中に、1m以上飛べる通常のノミを1匹投入すると、ガラス瓶の高さまでしか飛べなかったノミが再び1m以上飛び跳ね始めるのです。自分以上飛んでいる仲間の姿を見ることによって思い出すのです、自分もかつてはこれくらい高く飛んでいたのだと。
 
私は来年から社会人になります。自分自身多くの挫折や苦労を味わう事でしょう。そんな時は本来持っている自分の可能性を信じてどんな時も、高く、高く飛ぶ努力を怠らず精進していきたいと思います。そして、自分の能力に心理的限界を作り高く飛ぶ事ができなくなった人達を再び高く飛ばせられる様な人間になりたいと思っています。
 
結局何が言いたいのかは自分でもよくわからなくなってしまいましたが、何でもいいのでこの部日記を通して何か感じ取ってもらえたら幸いです。
 
では次は、数万匹のノミと仲良く暮らしている我らがバックスリーダー藤井君、よろしくお願いします。

黄金にきらめく雪

投稿日時:2016/11/25(金) 13:14

 こんにちは、5年生の出田です。昨日は11月なのに初雪が降りました。東京では50年ぶりみたいです。もう真冬になってしまいましたね。グランドにも積もっているようです。ついに練習回数もあと2回になってしまいました。
 
 これが僕にとって本当に最後の部日記になるので少しこれまでを振り返ってみようと思います。高校時代は土のグランドで、野球部とサッカー部と陸上部にグランドの隅におしこまれて10人弱で練習していたので一橋ラグビー部に入部した当初(今もそうですが)は本当に恵まれた環境でラグビーができているなぁと感じていました。1年生のころは練習についていくので精一杯だった気がします。対抗戦はベンチ外でのサポートでした。なかなか勝てませんでしたが、最終戦の上智戦で1勝をもぎとることができて、対抗戦で勝つことはこんなに嬉しいことなんだなとひしひし感じました。2年生になり頼もしい後輩がたくさん入部してきました。自分もようやく試合に出れるようになり、3年生の時には入れ替え戦にまで進めるチームになりました。4年生はFWリーダーになり自分がチームを引っ張らなくてはならない立場でしたが怪我でなかなか試合にも出れずその責任をほとんど果たせませんでした。結果として4勝3敗で目標であった入れ替え戦に届きませんでした。5年生になってチームの主力になれる自信はありませんでしたが去年チームを支えてくれたのがやはり今の4年生の代であり、そんな彼らに少しでも恩返しできたらいいなと思いこの一年を送ってきました。
 
 岡崎も書いていましたが今の4年生の代を見ていると、あぁ去年もっとこうしておけばよかったなぁと考えさせられることが多々あります。それを本当に実感するぐらいこの代は去年よりもはるかにキツイ練習に耐えてきたと思います。この代でも目標であった入れ替え戦勝利に届くことができなかったのが本当に残念です。しかしまだあと1試合残っています。熊谷での成城大との最終戦で去年のリベンジを果たせるように自分も活躍できるように頑張りたいと思います。

 最後になりますがこれまで支えてくれた両親、兄妹、監督コーチ陣、トレーナー、マネージャー、OBの方々、後輩プレイヤー、竹内さん、阿久津さん、パンをくれるおばさん、5年生商事の同期、ヒロ国立整骨院、やおぎん、生協のおばちゃん、ルイス教授、すべての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。本当に5年間ありがとうございました!
 クマが卒業するのでFWリーダーが留年するという黒川さんから続くジンクスが終わってしまいますが、その役目は来年藤井に任せたいと思います。

次はアタックの要、われらが元リーダー福山くんで


 
 

五年目を過ごして

投稿日時:2016/11/24(木) 22:32

部日記の執筆を逃れようとして申し訳ございませんでした。
5年生の岡崎です。

思い返せば、去年の12月、私は5年目を迎える大学生活に夢を膨らませていました。
これまでとは一変した大学生活を送るという思いの下、自転車で日本一周、バックパッカー、富士登山、そして夏休みにはオーストラリアへ短期留学することまで考えていました。
しかし、去年最終戦で敗れた悔しさ三割、「圧力」(来年の5年生は注意してください!)七割くらいの理由で、5年目もラグビーをすることにし、夏休みは、例年通り、菅平高原で過ごすことになりました。
結局、去年とほとんど変わらないラグビー中心の生活を送っていました。
ということで、昨年の私の部日記同様、ラグビー部で過ごして感じたことを記したいと思います。4年生までの振り返りは去年の部日記に書いたので、5年目を経験して感じたこと、特にFWに関して記します。BKのことは、よくわからないので、福山君に任せます。
まず、4年生に関してですが、
本当に感服いたします。
スキルに関しては言うまでもなく、リーダーシップ、練習の質・量、指導力、分析力といった4年生の担う役割が大きい部分においても、去年の自分達を遥かに上回っています。特に、試合中の修正能力の高さに驚きます。去年の成蹊戦、幾度となく押し込まれるモールに対して、私は最高学年として出場していたにも関わらず、何も対策を提示することができず、自分の無力さを痛感しました。一方、今年の4年生は試合中に対策を提示し、次のプレーではFW全体が修正できていることが多く、頼もしい限りでした。
3年生は、身体が巨大化していて、練習熱心なので、もはや恐れ多いです。時々、「さん」付けで呼びそうになってしまいます。
2年生は、私にとって、ユニット練習中、最大の娯楽です。上手くやっていってください。
1年生は、ラインアウトの練習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
 
結局、留学も、自転車で日本一周もできませんでしたが、5年目をしたおかげで、東洋医学に出会えたり、去年まで話しかけても「いやいやいや」としか返答してくれなかった後輩が普通に会話してくれるようになったりと、楽しかったこと、嬉しかったことが多くあったように思います。
 
ターゲットゲームに敗れて、決して満足のいく結果にはなりませんでしたが、今年のチームのPRIDEを示すために、最終戦に何としてでも勝利したいです。
春シーズン、ほとんど練習に参加しなかったにも関わらず、自分を起用してくれる4年生に感謝すると同時に、出場できない選手のためにも頑張ります。
 
次の部日記は、FWに大きなlegacyを残した我らが智将、いでた君、お願いします。
 
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