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DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2019/6

ラグビー部に入れました

投稿日時:2019/06/29(土) 21:26

はじめまして、青春の約半分をネット小説に捧げ素晴らしい部日記を書いてくへた増古くんからバトンを渡されました法学部1年の嶋井涼羽です。更新が遅れてしまい申し訳ございません。彼の予定では僕が勇者の如く華麗に場を救うはずだったらしいのですが、だいぶ到着が遅れてしまったようです。別に書いていた原稿がPCの不良で消えてしまったというような事情があったわけではなく、「よし、今日は疲れたから書くのは明日にしよう!」というのを2週間ただ繰り返していました。これからの大学生活においてもレポートの提出期限だけには気をつけて過ごしていこうと思います。








 はい、話を戻させていただきます。僕自身、初めての部日記ということもあり何を書けば良いのかよく分からないところもあるので、今回は簡単な自己紹介と僕がラグビー部への入部を決めた経緯という2つの内容を中心に話していこうかなと思います。受験生時代、国語の要約の勉強をほとんどしなかったという事情もあり、長さのわりには内容が希薄な文章が続くことになるかもしれません。申し訳ございません。最後の方になっていうのもあれなので先に謝っておくことにします。







それでは、自己紹介に移らせて頂きます。僕の出身校は神奈川県の私立浅野高校という学校です。学校自体が京浜工業地帯の見下ろす形で作られたという創設の経緯もあり、毎日もくもくとはき出される排気ガスと、みなとみらいの美しい風景を横目に見ながら6年間を過ごしてきました。男子校の中高一貫校でラグビーを始めたのは中学校1年生のときです。ラグビーという競技自体には、家の目の前のグラウンドで毎週日曜日にラグビースクールが練習をしていたこと、しかもその中に小学校からの友人がいたこともあり、親の反対はあれど、僕としてはそんなに違和感なく始めることが出来ました。中学の頃はウィング、高校の頃はフランカーとしてプレーをしていました。好きなプレーはタックルです。嫌いなプレーを挙げろと言われたらきりがないかもしれませんが、ラグビー自体は割と好きな方だと思うので安心して下さい。







さて、次に入部の経緯について書かせてもらおうと思います。少し長くなるかもしれませんが、どうぞ最後まで読んで頂けたら有り難いです。僕が初めて一橋ラグビー部の存在を知ったのは高2の冬でした。当時、同じラグビー部の1つ上の先輩が一橋のラグビー部に興味があり、それにつられてラグビー部の公式サイトを開いたのがきっかけだったと思います。高3の春の大会で部活を引退し受験期に突入してからは、毎日学校帰りの電車でラグビー部の部日記とマネ日記の更新を確認するのが日課になっていました。たぶん今の4年生の1つ上の代までの方々の顔と名前が一致するぐらいには読みこんでいたと思います。一橋ラグビー部に関しての知識では同期のなかでも割とある方だという自信があります。ここまでの話を聞いた皆さんからすると僕は、「ラグビーモチベも割とあり、大学でもふつうにラグビーを続けるような人」のように映ってしまうかもしれません。しかし、実際にはそうではありませんでした。たしかに高校ラグビーでの悔しい想いや大学ラグビーへの興味も幾分かにはありましたが、それ以上に、今までよりもさらに体の大きな相手とぶつかっていく勇気、また4年しかない大学生活をラグビーに捧げるほどの気持ちを持つことが出来ませんでした。3月に入り一橋の合格が決まってからもその想いが変わることはなく、3月末の部活動紹介では運動系文化系問わず様々な団体を回って、色んな自分の未来を想像しながら割と新歓を楽しんでいました。しかし、そんなラグビーモチベがほぼ0の僕にとって大きな転機となる出来事が起こります。それは4/3のクラス別オリエンテーションの日でした。入学手続きの書類の提出やクラス担任の話が終わり、オリターのみなさんが教室に入ってきたときです。僕は本気で(心の中で)叫びました。「須田さんと弓場さんおるやん!!!!」と。そうです。なんと僕のクラスのオリターの中にたまたまラグビー部の先輩が2人もいたんです。先輩方からしたら僕は完全に誰奴って感じだったんだろうと思いますが、僕からしたらもはやテレビの中の人と会えたくらいに高揚感に溢れていました。そのときの赤黒ジャージのかっこよさ、先輩方の体のかっこよさに対する感動は今でもしっかりと覚えています。初めてラグビー場に行ったのもその日でした。さすがに初めての体験練習で8人中6人が入部宣言をしたのには驚きましたが、そこでラグビー部の雰囲気の良さをじかに感じることが出来たのは本当に今でも運が良くいい経験であったなと思います。その日を契機に何度もラグビー場に足を運ぶようになり、ゴールデンウィークまで他のサークルへの入サーと悩むことはありましたが、最終的にはラグビー部への入部を決めさせていただきました。6月も終わりに近づき、ようやく少しずつではありますがラグビー部の練習にも慣れることができ、先輩からの丁寧なご指導のおかげもあり、刺激的かつ充実したラグビー生活が送れるようになりました。最近ではウェイトルームでの居心地が良すぎて部活がなくても足を運んでしまうほどラグビー部が好きになってきました。これからは夏の菅平合宿に向けて、まずは体づくりからではありますが、日々の練習に本気で取り組み、少しでもはやくチームの力となれるよう精進していきたいと思います。以上が今回の僕の部日記になります。最後まで僕の拙い文章を読んでいただきありがとうございました。







それでは次の部日記は、遠征のとき同期の重たい荷物を代わりに部室まで運んでくれるほどの優しさ備えた同クラのイケメン、澤井くんに回したいと思います。澤井、あとはよろしく!

よしふみL v1

投稿日時:2019/06/14(金) 08:21

初めまして。先日の新入生試合におきまして、ドロップキックで負傷退場&全治8週間の奇跡を起こした中尾君から、ハードル高めでバトンを受け取りました。新入生の増古喜文です。よろしくお願い致します。幸いなことに夏季履修登録を忘れた今、時間だけは無限にございますので、期待を裏切りすぎないようじっくり筆を進めてゆきたいと思います。





さて、僕の前に更新した同期3人が各々これまでの人生を綴ってくれたということでいい加減同じネタは避けたいのですが、流石に初登場で自己紹介なしというわけにはゆきません。そこで、今回は過去を振り返るというより、出身校となぜ僕がラグビーという過酷なスポーツを始め、大学でも続ける決断をしたのか、ということに絞ってお話ししたいと思います。どうぞお付き合いください。





僕の出身校は都立武蔵と言います。実は今の一橋ラグビー部にも先輩がいらっしゃいまして、2年から3年に上がら(れ)ず、大学生活5年目の突入を既に決定なさっている伊東さん、部内での尊厳はとうにゼロを下回り、とある試験を受けるためただいま絶賛蒸発中の名倉さんという濃いメンバーが揃う中、「武蔵」の名を貶めないか最初は不安でしたが、現在僕に向けられている周りの視線から判断する限り、どうやら僕にも「武蔵」の素質が中々にあったようで安心しております。中高一貫校で、中学の頃からラグビー部に所属していたので、ラグビー歴は早いもので今年で7年目になります。高校の頃から同期は人数、人柄とともに恵まれておりますが、未だかつてこれほど多くの先輩がいらっしゃる環境を経験したことがありません。まだまだ慣れませんが、皆さん本当に優しくしてくださいますし、多くのお手本が存在する状況に感謝しつつ、気持ちを新たに頑張ろうと思います。





突然ですが、皆さん勇者ってご存知ですか?そうです。あのファンタジー世界に登場する勇者です。魔物をなぎ倒し、魔王をも打倒し、世界を救う勇者です。こういうジャンルに全く興味のない方は、そんなものがあるんだなあ程度に思っていただければ十分です。ともかくドラゴンクエストというゲームをはじめ、ファンタジーにどハマりし、頭の中がお花畑だった(今も大して変わっていませんが)僕は、勇者という強い存在に憧れていました。そんな時中学校で出会ったのがラグビー部でした。純粋な体と精神の強さがモノを言うラグビー。小手先の技術だけではどうにもならない、そんな特性が他の競技以上に、まさに勇者を体現しているように感じられたんです。しかも顧問の先生は、思った程痛くないよと誘ってくるではありませんか。これはもうやるしかないなと入部を決めました。しかし、実際にラグビーをプレーしてみると、それは非常に厳しいものでした。まず思った以上にメチャクチャ痛い。自分より強いヤツばかりだし、強豪校には毎回ボコボコにされるし、挙げ句の果てに異国の魔物(トンガ人)まで襲来するしでフィジカル、メンタル共にボロボロになりました。これは才能の差かなあと考えました。基本的に勇者という者は、もともと特別な存在であることが多いんです。女神様の加護を受けていたり、代々受け継がれる勇者の血筋を引いていたり…。現実でもそれは同じじゃないかと思ってしまった僕のモチベーションは急激に失われてゆきました。そんな時、1つの言葉に出会ったんです。それは、ドラゴンクエストシリーズのある作品に登場する名言でした。



「勇者だから  なにかを  なすのではなく  なにかを  なしたから勇者なのだ」



ビビっときました。「勇者」という才能が無くとも勇者にはなれる。そう感じるのと同時に、全てを才能の有無のせいにしていた自分が恥ずかしくなりました。ラグビーは、僕の知る限り、最も勇者らしい競技であるのと同時に、最も才能を努力や鍛錬でカバーしやすい競技です。だから、ラグビーという最高の場で勇者になれなければ、特筆すべき才能のない俺は決して勇者にはなれない。ここで逃げたら俺は負け犬で、今後の人生全部ダメになる、そんな風に思ったんです。ここにラグビーをやめる=人生終わりという謎の方程式が完成しました。センター数学6割の僕はこの方程式の正誤を疑うこともできないまま、大学に入学してしまいます。中学、高校と勇者になれなかった僕の目の前には



まだ  このきょうぎを  つづけますか?



             →はい 

                あなたはしにました



という悪魔の選択肢しか浮かんでいなかったんです。もう「はい」を選ぶしかありませんでした。さて、こんなふうに良くも悪くも僕を支えたこの言葉ですが、実は残酷な一面も持っていることにお気づきでしょうか。そうです。なにかをなしたものが勇者ならば、逆に言えば、どれだけ才能に恵まれようとも、どれだけ努力しようとも、なにかをなせなかったものは勇者にはなれない、この言葉はそんな意味も含んでいるのです。僕は自ら、負け犬にならないために修羅の道を選びました。勇者の卵や勇者見習いで終わるつもりはありません。今は勇者はおろか、「くさったしたい」程度にしか見られていませんが、この4年間必死に鍛錬を積み、勇者として一花咲かせてやろうと、そう考えています。まずは大学生活初めての夏、初めての合宿に焼き尽くされ、「ただのしかばね」になってしまわぬよう全力を尽くす所存ですので、どうか応援よろしくお願いします。喋りたがの僕ですので、まだまだ書きたいことは枚挙に暇がございませんが、恥の垂れ流しはこのくらいにして一旦筆を置き、冒険の書に記録させていただきたいと思います。



まだ  だぶんを  つづけますか?



          はい

       →いいえ





さて次回の部日記は、小さい体ながらどんな相手に相対しても恐れずタックルし、倒すその姿はまさに勇気ある者!同期で最も勇者に近い男(謎基準)、顔もちょっとリンク似の嶋井くんにお任せしたいと思います。彼なら僕がぐちゃぐちゃにしてしまったこの場を、勇者の如く華麗に救ってくれることでしょう。ごめん嶋井、あとはよろしく!

13年目のフレッシュマンです

投稿日時:2019/06/07(金) 11:57

初めまして!先日のADでは陸上部仕込みの快足でゲインメーターを荒稼ぎしていたスーパールーキーの徳富君からバトンを渡されました、商学部1年の中尾貫太です。僕は高2の夏(現3年生の先輩方が新入生として部日記を書いていた頃だと思います)からこの部日記を読んでいたため、無事合格して一橋ラグビー部員としてブログを更新出来ていることに言いようのない感慨深さを感じています。昨日の夜1度書き上げた後に操作ミスで全て消えてしまい、実は2回目のタイピングとなっていますが、そろそろ涙を拭いて2回目の自己紹介をさせて頂こうと思います。



僕は小学1年生の頃にラグビーを始めて、そこから12年ほどスポーツはラグビーしかやったことがありません。こう言うと大抵「飽きないの?」と聞かれますが、自分でも不思議なことにラグビーに飽きたことは1度もありません。10年以上スクラムハーフとスタンドオフからコンバートすることなくラグビーをしていますし、同じことを続けるのが割と好きな性分なんだと思います。その後麻布中学に入学しましたが、部活にあまり力を入れない校風ということもあって恵まれた環境でラグビーをすることはできませんでした。わずか2人の素晴らしい同期には恵まれましたが、他校と合同でないと試合には出られず、グラウンドが硬すぎるためフルコンタクトの練習は出来ませんでした。そのため一橋ラグビー部の素晴らしい環境に惹かれ、入学したら絶対ラグビー部に入ろうと思って受験勉強をしてきました。練習は高校の比にならないほどハードですが、同期がたくさんいるのは楽しく、先輩方のアドバイスのお陰で細部を突き詰めた練習ができて毎日充実感を感じています。特にお忙しい中毎日ハーフパスのアドバイスをくださる片野田さんやこうだいさんには本当に頭が上がりません。ありがとうございます。

なんだか硬すぎる文書になってしまいましたが、この際もう少しだけ硬い話をさせてください。僕がラグビーを10年以上続けている一番の理由は、いちプレイヤーとしてラグビーでは悔しい経験ばかりしてきたからです。中学最後の年はほとんどスタメンで試合にでられず、高校では合同選抜を目指していましたが上杉さんのように花園に行くことはできず、その度に怪我や練習環境を言い訳にしてきてしまいました。言い訳がきかない一橋ラグビー部の素晴らしい環境でがむしゃらに頑張って、4年後に悔いなくラグビーをやめたいと思います。



こういう時に気張りすぎて面白いこと一つも言えないのは自分の悪いところですね。「柳に雪折れなし」といいますから、これからは適度に肩の力を抜いてラグビー漬けの生活を楽しみたいと思います!

だいぶ面白みに欠ける文章になってしまったので、次はマシンガントークで常に周りを盛り上げてくれる増古君に回します。増古よろしく!!




 

はじめの一歩

投稿日時:2019/06/03(月) 21:31

新入生の徳富です。同じラグビー初心者であるという理由で同期の日高から部日記のバトンを渡されました。よろしくお願いします。

部日記のバトンを渡されたものの、そこまで強力なエピソードも持っていないので、初部日記の今回は、新入生らしく自己紹介をさせていただきます。

始めまして!徳富優太と申します。国学院久我山高校から来ました。よろしくお願いします。冒頭にも書かせていただきましたが、陸上部出身の自分はラグビー初心者であり、これまでラグビーとは無縁の生活を送っていました。(ところで、前回の部日記で日高が「徳富はラグビー部員にタックルを受けていた」と書いてありましたが、久我山は、初心者がラグビー部員からタックルを受けるような危険な高校ではありませんので、ご安心ください。軽く教わったことがあるだけです(笑))自分は小学校低学年から十年ほど野球をしていました。高校でも、初めは野球部に入部しましたが、高校一年生の時に肘の怪我をしたため、陸上部に転向しました。(肘はもう大丈夫です)陸上部では、100メートルを専門にしていました。このように、ラグビーとはほぼ無縁の生活を送っていた自分ですが、そんな自分が最初に一橋ラグビー部と接点を持ったのは、合格発表の日でした。様々な部の勧誘を受けていく中、ラグビー部からも声をかけられました。三年生の佐々木勇気さんにラグビー部の説明をして頂いたのは今でも覚えています。正直、大学では武道か陸上をするつもりであった自分にとって、ラグビー部という選択肢は、その時はあまり強いものではありませんでした。しかし、合格発表日以降、ラグビーに興味を持った自分は、ラグビー部の新歓コンパに行くことにしました。そこで二年生の新井さんが話して下さったラグビー部の魅力を聞いたことで、自分の中でラグビー部が大きな選択肢の一つになりました。その後、最後の最後まで陸上部を選ぶか、ラグビー部を選ぶか迷いましたが、ラグビー部の雰囲気の良さに惹かれたのと、新しいことにチャレンジしようという思いから、ラグビー部を選びました。

ラグビー部に入部することを決め、日々鍛錬を積んでいますが、毎日ラグビーの難しさを痛感しています。タックルの仕方から戦術まで、初心者である自分にとって全てが初めての経験です。しかし、先輩方や同期のチームメイトが、ラグビーの基本から戦術まで、初心者の自分に丁寧に教えて下さるので、日々新たな発見を得ることが出来ています。なので、こうした発見を積み重ね、いつか試合でチームに貢献できる人材になれるよう、精進していきたいと思います。よろしくお願いします!

次は、同じ商学部に所属している同期の中尾君にバトンを渡したいと思います。貫ちゃんよろしく!

 

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