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DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2019/9

『Share Happiness』

投稿日時:2019/09/21(土) 16:39

 確実に1番一緒に時間を過ごした同期、倉光からバトンを受け取りました大谷です。倉光とは何度も違うユニフォームを着てメットライフに野球を観に行き、寂しくなると家にお邪魔させてもらいました。ほんと彼がいなかったら一人暮らしやっていけなかったと思います。
 僕の部日記は読みにくいことで有名ですが、最後の部日記読んでいただけると幸いです。


 
 この4年間を振り返ると印象としては、なんもよくわからず終わった1年目。いろいろ上手くいかなかった2年目。ラグビーが楽しかった3年目。先輩の偉大さを強く感じた4年目。といった感じです。

 
 ラグビーのこともよくわからず、対抗戦も知らず、なんなら明治学院という大学があることすら知らずに入部した僕は、1年目はほんとよくわからないままついて行くだけでした。あっという間でした。勉強も頑張ってました笑。

 
 2年目は怪我して、練習もウエイトも上手くいかない、試合もあまりでれない年でした。勉強もサボりました。すごい後輩たちがたくさん入ってきました。ほんとモチベーションが無くなりかけてました。ミスしないようにラグビーやっていて、楽しめていませんでした。そんななかでも続けてこれたのは仲間のおかげでした。ナイス!という言葉に救われました。その言葉のおかげで、自分がやってやる!と前向きに楽しめるようになりました。ほんと感謝しています。


 3年目はラグビーが楽しかった思い出しかありません。B戦だけで、勝ててもいなかったけど、B戦のキャプテンをやって、うまくいかないたことも多かったけどいろいろ考えたり、何より試合に長く出られたりして楽しかったです。


 4年目の今年は楽しくも正直しんどかったです。いろいろ考えさせられました。個人的な話をすれば、プレーヤーとしての自分の立場でした。一橋は4年が引っ張ると言うなかで、下手くそな自分が本当にやっていけるのか不安でしかたありませんでした。でももうやるしかない、そう思ってここまできました。自分が見てきた偉大な先輩たちに少しでも近づけているか、まだまだ全然です。あと3ヶ月楽しんで、やるしかないと思っています。




 前にも少し書きましたが、ここまでこれたのは自分1人の力ではありませんでした。すごい先輩たち、頼りになる後輩たち、そして4年間一緒に乗り切ってきた同期、それだけではなく家族、コーチ、松岡さん、阿久津さんなどたくさんの人のおかげです。今年は本当にコーチ、OBの方がたに協力していただいており、とても感謝しています。本当にありがとうございます。




 最後に題名を回収して終わりにしようと思います。先日9/15に僕の応援する西武ライオンズがサヨナラ勝ちを収めました。サヨナラ打を打ったのは木村選手で、あたりは平凡なセンターフライ、それを相手選手が落球して一気にホームまで帰ってくるという形でした。そんな木村選手が登場曲にしているのが『Share Happiness』なのです。この曲の歌詞で「離れてわかったよ 母よ 強き母よ あなたを避けてたのは ぼくにそそぐ愛に 向かいあえる素直さを 錆びつかせてたから 今ならば言えるよ 父よ 弱き父よ 頼りなく見えたけど 弱さを隠さずに 生きていくことの強さが わかりはじめてきた」というところがあります。本当に両親には迷惑をかけていて、親からの連絡が面倒くさくて返信せずに放置して心配させたり、困ったときだけ連絡して頼ったり、帰ってこいっていうのに帰らなかったりとごめんなさい。朝ご飯作りながら「なんでラグビーやらせたんだろ」みたいな独り言言ってて、ほんといろいろ思うことがあるにもかかわらず、自分のわがままを聞いてくれてありがとう。ほんとありがとう。


 西武ライオンズは9/14もサヨナラ勝ちをしています。これもほぼセンターフライでした。この連日のサヨナラ勝ちで首位に立ち、マジックを点灯させました。中身はかっこよくないけれど最高の形になっています。僕たちもここまでつらいことやってきました。同期とはこの1年たくさん会議をしてきました。上手くいかないことも多かったです。それでもやっぱ最後はみんなで勝って笑って泣きたい。今みんなとラグビーができていてとても楽しい。残り3ヶ月最後マジで頑張ろう。ほんと最高の1年にしよう。「心からありがとう こんなぼくのことを 信じてくれるひとよ ここにある幸せ もっと大きくしたいなら 誰かと分かちあおう」




 最後まで読んでいただきありがとうございました。次は堺に回したいと思います。実は堺とは浪人時代の予備校が一緒でした、東大クラスで笑。社会人でも同期となる予定です笑。これからもよろしくということで、とりあえず部日記よろしく!

 

なんだかんだで最後は感謝

投稿日時:2019/09/13(金) 23:49

毎年のことですが対抗戦が始まるこの時期からは四年生の部日記ラッシュも始まります。そのトップバッターを任されました倉光凜です。しばらくお付き合いください。

最初は何を書こうかと迷い、過去の先輩方のラスト部日記を読んでいたのですが、ほとんどの方が四年間を振り返るものでした。残念ながら僕の記憶力では今年一年間を振り返るのが精一杯なので、四年生になってからを振り返ろうと思います。

まずは秋山組の先輩たちがいなくなってからの最初の二月オフ、“四年生は会議をたくさんするものなんだろうな”とは思っていましたが、予想以上の会議の時間でした。毎年毎年このオフに長い時間をかけて四年生がチームの土台や在り方をしっかり作っているから強いチームを作り上げることができたのだろうと思いながら会議を行っていたのは大変でしたが、同期のラグビーに対する思いやモチベーションを知る良い機会だったと今は思えます。

そして四月には12人のプレーヤーと2人のマネージャーが入部してくれました。今年の一年生は本当にすごいプレーヤーだらけで先日の学習院戦ではスタメンで5人も一年生が出場していました。僕自身四年生ながらリザーブでベンチから試合を観ていたのですがいいプレーをする一年生が多くて、改めて本当にすごいなと思っていました。

きつい練習を行ったはずの五月・六月はあっという間に過ぎてしまって、七月のオフも会議やFW旅行、ゼミ合宿などで慌ただしく過ぎていきました。

そして八月に入れば四回目の菅平。菅平最後の試合でボコボコに負けて、国立に帰ってきてこれじゃだめだと気を引き締めなおして練習した二週間。OBの方にも菅平にいたときよりも絶対に良いチームになっていると言われ少し自信を持って臨めた学習院戦、結果は3-20で敗北。前半終了時には“このままいけば勝てる”と思っていました。しかし後半が始まってもなかなか遠いトライライン。逆に相手にファーストトライを取られてしまう。チームが苦しいときに助けるのが途中出場したメンバーの役目だと思い、途中からグラウンドに出ましたがチームの雰囲気を変えるプレーを何もできず、さらに相手にトライを取られてしまい試合終了。

正直色々な感情が今はあります。試合に負けてしまった悔しさ、そもそもあまり出場できなかった悔しさ、せっかく出れたのに良いプレーができなかった悔しさ、あのときチームとして違う選択をしていたら勝てていたのではないかという悔しさ。
後悔は先にはできないから全力で準備をして全力でプレーしなければならないと分かっていてもやっぱり悔しいものは悔しいです。

初戦残念ながら負けてしまいましたが、対抗戦はまだ始まったばかり。堀内組が入れ替え戦という目標にたどり着けるように、みんなで笑っておいしいごはんを食べられるように次の上智戦絶対に勝ちます!!

最後に今一番自分の中にある気持ちはなんだろうと考えたときに、ありきたりですが感謝が浮かんできたので感謝を述べて終わりたいと思います。

まずは両親、電話をするたびに怪我はしていないかと心配してくれました。ラグビーをしているのだから、どこか怪我してるのは当たり前だろうと思いながらも自分を思ってくれるその言葉がありがたかったです。

次にOB・監督・コーチ陣の方々、厳しくも愛のある指導やOBの方々の支援によって一橋大学ラグビー部は成立しているのだということを四年生になって改めて認識しました。ありがとうございました。

次に松岡さん、僕たちの代としては一番長く関わってもらっているトレーナーさんになると思います。しょっちゅうどこかしら痛める僕を“倉光は大丈夫”と言いながら、なんだかんだ診てくれてありがとうございます。まだまだお世話になるつもりなので宜しくお願いします。

次に阿久津さん、きついウエイトを頑張れたのは阿久津さんいないかなぁと思っていたからです。ごちそうさまです。またお願いします。

次に後輩たち、本当に後輩はみんなプレーでは頼りになるし、めちゃくちゃ喋ってて楽しいし、きつくても部活頑張ろうと思えるのは部活のみんなが支えてくれるからです。ありがとう。

次にマネージャーのみんな、マネージャーがテーピングをしてくれたり水を渡してくれたりおにぎりをつくったりビデオを撮ってくれたり、たぶん他にもいっぱいラグビー部のために何かをしてくれているはず。あなたたちがいなければ部活は回りません。本当にありがとう。

最後に同期、幸いにも面白い同期に恵まれ、僕は四年間部活をやめようと思うことはありませんでした。きつくて楽しかったラグビー部生活もあと少し、頑張って最後に笑いましょう。

これで僕の部日記を終わろうと思います。最後まで読んでいただきありがとうございます。

次は僕の家に遊びに来た回数なら断然トップの大谷君に回したいと思います。
 

勢いも大事ですよね

投稿日時:2019/09/07(土) 00:37

初めまして。爆速ガールめいみに続いて今回部日記を書かせていただきます、一年マネージャーの富田砂都です。よろしくおねがいします。

 

さて、今回は私も前に倣えということで、簡単な自己紹介とラグビー部に入るまでの経緯を説明させて頂きたいと思いますが、先に私の大した出来事もないぼやーっとした半生(といえるのかさえ謎ですが)を拙い文章で書き綴ることをお詫び申し上げます。

 

まず、私の母校は大阪府の清風南海高校であり、2年生マネージャーの愛さんと同じ高校でした。が、お恥ずかしながら私は高校時代から決して真面目とは言えない生徒であり、寝坊、サボりの繰り返しで、大学で体育会のマネージャーをやるだなんて夢にも思いませんでした。

 

ではなぜ私が何かと厳しいといわれる体育会に入ろうかと思ったかといいますと、完全にノリと勢いです、すいません。適当な理由をつけてもよかったんですが、軽薄な文章がさらに軽薄になりそうなのでやめておきます。ただ、どうしてラグビー部だったのかについてはきちんと書かせていただきますね。

実は私は体育会に入ると決めた後、ラグビー部を訪れるまでに丸3週間かかっているんです。理由としては上クラだった須田さん、弓場さんをはじめ、同じクラスで入部ほぼ確だった澤井君にはいい印象ないだろうな~()(理由は聞かないでいただきたいです)というのと、シンプルにラグビー部の新歓が緩やかすぎて見逃し続けたからです。悪口ではございません。結局それが決め手でラグビー部に入ったようなものです。というのも、新勧期お世話になった方々をはじめ、ラグビー部の先輩方はみんな優しいがすぎ、初めて体験に行った時から落ち着き具合が半端ではなかったからです。まあ端的にいえば雰囲気ですね。ラグビー部の柔らかい雰囲気がわたしには一番魅力的に感じられました。

 

5月初めに入部して、もう4か月がたとうとする今、いまだに名前をど忘れしたり、ポジションが覚えられなかったり、高校時代の不健康な習慣がたたったのか、月に数回は体調を崩し、ご迷惑をおかけしていること、この場を借りてお詫び申し上げたいと思います。しかし、初めのころのいい加減な気持ちと比べて、先輩方や同期のラグビーへ真摯に取り組む姿勢が私にとって何よりのモチベーションになっていることはどうか伝えておきたいと思います。

 

長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

1年生の初部日記は以上となります。少しでも皆様へ伝わるものがあれば幸いです。

次回からは先輩方の洗練された文章が続きますので、お楽しみに!

 

出会いに感謝

投稿日時:2019/09/03(火) 21:05

はじめまして、なにかとウケを狙ってくるへいたからバトンを受け取りました星野めいみです。マネージャーをやっております。よろしくお願いします。

 

まずは自己紹介をしようと思います。
出身高校は都立桜修館中等教育学校です。多分知らないと思います。都立出身の人にギリギリ伝わるくらいです。

部活は中学、高校と陸上部に所属していました。専門は100mで中高の思い出のほとんどは部活と言えるほど打ち込んでいました。走るだけで何が楽しいのと言われがちですが、試合でベストタイムを更新した時の嬉しさにはまっちゃうんです。個人競技なので、自分の努力がそのまま結果に繋がり、負けず嫌いの私には向いていたのかも知れません。とても懐かしいです。そうは言っても、高3で後悔なく引退したので、大学で陸上を続ける気はあまりなかったです。笑

 

そんな私がなぜラグビー部に、しかもマネージャーになったのか。

一橋大学に入学が決まってからは、サークルに入ろうと考えていました。しかし、ピンとくるサークルがなく、すごく迷っていました。迷っているうちに、せっかくやるなら、4年間しっかり頑張りたいと思うようになり、体育会に入ることに決めました。本気で頑張ってる人は本当にかっこいいし、自分もそういう環境でお互いに刺激をうけながら取り組みたいという思いが強かったからです。そんな時に、たまたまマネージャーコンパに参加することになり、そこでラグビー部のことを知りました。マネージャーという選択肢はそこで初めて生まれました。練習見学に行ったり、コンパに参加するうちに、ラグビー部の暖かい雰囲気や、ラグビーというスポーツの面白さに惹かれ、他の部活と迷ったりもしましたが、気づいたらラグビー部に入部しようと決めていました。

 

そうして入部から4ヶ月がたち、菅平合宿も終え、だいぶラグビー部に馴染めてきたかなと思っています。同期にも先輩にも恵まれ、本当にラグビー部に入ってよかったなと思う日々です。まだまだ学ぶことも多く、一人前のマネージャーには程遠いですが、先輩方を見習って、もっともっとチームに必要とされるマネージャーになれるよう頑張ろうと改めて思っています。ご迷惑をお掛けすることも多く、まだまだ未熟な私ですが、どうぞよろしくお願いします。

 

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。次は、唯一の同期マネージャーで、持ち前のノリのよさでいつもみんなを楽しませてくれる生粋の関西人、富田砂都にまわしたいと思います。よろしく!!

ラグビーに出会って

投稿日時:2019/09/01(日) 18:58

一橋ラグビー部の背骨、樋口から回ってきました部日記の担当を務めさせていただきます1年PRの河合です。この部日記では私がラグビーをはじめたきっかけや私のこれまでの生い立ちについて書いていきます。拙い文章どうかお許しの上、最後まで読んでいただけたら幸いです。








 



 

 








 



 

私は愛知県名古屋市出身で、中学までは野球をしていました。地元の中学校の友達とは今でも仲がよく、名古屋に帰省した時にはBBQをしたり、海にドライブに行ったり、楽しい思い出をたくさん作ってくれます。本当におもしろい人ばかりで、これからもたくさん世話になります。この場を借りて、この出会いに感謝します。ありがとう、これからもよろしく!そんな出会いに恵まれながらも、高校でもまた新たな出会いがありました。それは明和高校ラグビー部との出会いです。母のつくってくれるおいしいご飯のおかげで高校生としては僕は身体が大きかったため、高校の入学式の日、ラグビー部の先輩方から熱烈な勧誘を受けました。今思えば運命だったんだと思います。お調子者の僕が先輩の褒め言葉にいい気にならないはずがなく、すっかり調子に乗ってラグビー部への入部を決意しました。もちろんラグビーでは辛いことも多かったのですが、普通の高校生では経験できないような世界を見せてくれたのは間違いなくラグビーであり今の自分があるのもラグビーのおかげです。そのきっかけとなった明和高校ラグビー部との出会いには運命を感じ、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。同期の7人は大学生になった今でも、全員ラグビーに携わっており、それぞれ活躍している情報をよく聞いては嬉しい気分になります。そんな誇らしい7人の同期との出会いに感謝します。ありがとう、試合の時は絶対に勝つからな!








 



 

そして、高校でひたすらラグビーと遊びに明け暮れた僕が受験に間に合うはずがなく、合格した大学もなかったため、浪人が始まりました。高校や中学の同期、優しく見守り応援してくれた家族のおかげで、一年間気持ちをきることなく勉強に励み、一橋大学に入学しました。そして大学でも先輩方の熱い勧誘を受け、ラグビー部に無事入部して今に至ります。








 



 

 








 



 

これからの対抗戦では、責任を背負って、自分たちのやってきたことにプライドを持って戦います。グラウンドに足を運んでいただき、ご声援くだされば一部員として嬉しい限りです。 


 

 








 



 

次の部日記は、1年生みんなのアイドルめいみちゃんに回します!めいみちゃんよろしく!ご精読ありがとうございました。

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