大きくする 標準 小さくする
DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2019/11

<<前へ

感謝を胸に

投稿日時:2019/11/24(日) 06:30


葛から回ってきました堀内です。四年間どんな時も葛の大きな関西弁を聞き続けてきました。七尾自動車学校へ行く後輩達、朝のテンションには気を付けて。

 



文才もないのでダラダラした文になると思いますがご了承ください。

 

 



ある人は主将としての一年間を石を積む作業だと言い、またある人は白紙に設計図を描く作業だと言った。今となってはこの言葉の意味がよく分かる。





2018年11月25日、僕達は目的地の無い航海へ出た。オールの使い方もわからないまま何とかして船を進めていく。自分たちがこれまでの3年間で見てきたような4年生になりたい、”強い”一橋大学ラグビー部としての伝統に恥じないチームを作り上げたい、とこれまでのように遠く険しい地点に目的地を定めた。本来ならば全力で漕ぎ続けなければ到達できないのに、なかなか自分達に適した漕ぎ方を見つけられずにいた。そしてそれに気付いた時、船は目的地とは果てしなく遠い場所にあった。

 



1勝5敗



 

6勝を目標に掲げ、春夏と長時間の練習に耐えてくれた後輩達をもっと遠くに連れていかなければならなかった。

 




思えばこの一年間は様々な難題に直面してきた。

例年以上に少ない部員数のまま始まった冬練。そんななかでもさらに減っていく部員。昨年までは経験したことがなかった事態であり、なんだか「この代にはついて行きたくない」そう言われている気すらした。
2月の会議中。なかなか決めなくてはいけないことがうまく決まらず時間だけが過ぎいていった。もっとうまく仕切れていればそこまでの時間をかけずに、同期の就活の時間を作れたかもしれない。
春シーズンが始まってから。なかなか結果が出ず、自分達のやっていることが本当に正しいいのか、何度も不安になった。
合宿でも勝てない、ここ10年で最低のチームとまで言われた。

 

そうして迎えた9月8日、学習院に勝てるチームは作り上げられなかった。

 




もっとあの時こうしていたら、あそこであの選択をしていれば。
たらればを言い出したらキリがないし、後悔は消えることはない

 




主将としての理想像は確かにあった
グラウンドではプレーで引っ張り、グラウンド外では態度で引っ張る。これまで3年間見てきた姿に憧れ、自分もその姿を継承したいと思っていた。
ただ実際は違った、主将らしいプレーができず、何度も自分が嫌になった

 






そんな下を向きそうになった時、戸田にダル絡みをして笑っている時間が好きだった。松原は一番オンオフがはっきりしてると思う、その良さを忘れずに。愚直に身体を張る名倉、普段は抜けているけどプレーでは自分の仕事を全うする中山、2人で来年のFWを支えてください。島田の発信力、平太の元気とスクラムは一橋には欠かせないモノになった。いつもアップで一番声を出してくれる日高、徳富は初心者なのに1年間でものすごく上手くなった。来年試合で大暴れする姿を期待してる。樋口は献身的なDFでチームを支えてくれた。篠田は良いタックラーになったね、派手さはないかもしれないけどチームには絶対必要な選手。嶋井のタックル、後藤のセンスには驚いた、身体を作ってさらに成長したプレーを期待してます。授業があるのに誰よりも長く練習する増古の努力は誰もが認めてる。自分に厳しい弓場はなかなか思い通りのプレーができてないかもしれない、でも必ず壁は乗り越えられる頑張れ。急なFW転向でも春シーズンは須田に助けられた、ありがとう。平本は怪我で苦しいシーズンだったね、溜め込んだものを来年爆発させてくれ。怪我があっても成田、かんたは試合に出続けてくれた、替えのきかないポジションで平手は耐え続けてくれた、ありがとう。大島は春から何度も試合で身体を張ってくれた。なにかと面倒ごとが多かった新井、来年からは上級生として姿勢でもチームを引っ張っていって欲しい。澤井は夏から本当に成長してくれた、寺は頼れる13番になった、来年のBKを支えるのは2人です。上杉、頼れる選手がグラウンドに戻ってきてくれた。勇気とKCには今年も何度も救ってもらった、2人には感謝してもし切れない。
マネージャーにはどれほど迷惑をかけたことか。練習が朝早くになっても、夏の暑いなかどれだけ長くやっても常にチームを支え続けてくれました。裏で動いてくれる一人一人のおかげでチームを動かしてくることができた、本当にありがとう。

 

 




一橋大学ラグビー部は学生主体で動いている。一年生の頃から何度も耳にし、口にしてきた言葉だ。しかし、今年1年間でこの学生主体の組織が一体どれだけの大人達に支えられているかを目の当たりにした。

 


近藤さん、善太さん、泉さん。至らぬ点が多い学年でしたが、どんな時でも見放さず助けて頂きました。
若手OB首脳陣の方々。時に厳しく、時に優しくチームを影から支えて頂きました。
近所のラグビーが上手いお兄さん方。ラグビーも、人としての在り方も教えて頂きました。必ず勝利という形で恩返しします。
竹内さん。ウエイト面も、気持ちの面でも育てていただきました。阿久津さんに食べさせて頂いた食事とともに得た身体を今日激しく当て続けます。
OBの方々。今年ほど練習に来て頂いた年はないと思います。どんな時でも練習で相手をしていただき、本当に助かりました。
松岡さん。今年は松岡さん無しではここまでやって来れませんでした。生意気な部員達のケアを嫌な顔一つせずやって頂きました。本当にありがとうございました。
最後に、ろくに連絡もしない息子をいろんな面で支え続けてくれた両親、ありがとう

 





そしてこんなアホで頼りがいのない主将を支えてくれた同期。大谷はどんな小さなこともチームのために動いてくれた。堺は後輩達を気持ちの面から支えてくれた。今日は荻の底力に期待してる。倉光は適確な視点からの意見をくれた。

いろんな無理を聞いてくれた菅原、ユニットリーダー不在の中チームを引っ張っていってくれた宮田伊東、ありがとう。

 

 



もう残された対抗戦は1試合。少しでも遠くまでこのチームを導きたい。


どんなに辛い時でも皆が支えてくれた。感謝の気持ちを胸に今日の東大戦、戦い抜きます。


葛が復帰した時、正直嬉しかった。最後まで頼りにしてます。松尾の分まで、今日は声出す、身体張る、勝とう。

 



最終戦東大戦

 



勝って笑おう

 

 





2019年度主将 堀内 芳輝

ありがとうの涙が今この胸に溢れてるよ

投稿日時:2019/11/22(金) 23:40

【閲覧注意】

とにかく長いです。お気をつけください。


 

 



同期一のラグビーセンスを誇る堀内組の智将・松尾から部日記を回されました、堀内組の一応闘将・葛です。幹部就任お披露目のマネ日記で決めたそんな設定誰も覚えていないと思います。僕もさっき思い出しました。

松尾といえば、1年生の立教戦。同期で唯一対抗戦に、しかもスタメンで出場し、バシバシタックルを決めていました。特にペナルティ後のノックオンを誘ったタックルは今でも頭で再生できるほど、鮮明に覚えています。本当にカッコ良かったです。







僕は毎年この時期に読む先輩方の部日記が好きでした。普段はあんなにふざけ合ってる先輩方が、実はこんなことを考えながらラグビー部での生活を送っていたんだな、ということがわかり、毎年毎年感動していました。

松尾の部日記良かったですね。彼の苦悩が文章の端々から読み取れて、さすが智将といった文章でした。自分も同じような境遇の副将ですが、あんなセンシティブな文章は書けないので、だらだらと思いついたことを書いていこうと思います。書くことが多すぎてこれでもだいぶ端折ったつもりですが、思っていることを全部書いたら軽く卒論を超えると思います。卒論書きたくない。




 



まずは4年間の振り返り。

長い。



 

1年目

高3で引退してからラグビーやりたい欲が強すぎて、迷わず飛び込んだ一橋大学ラグビー部。大学ラグビーのレベルの高さに毎日の練習を新鮮な気持ちで迎えることができ、あっという間に1年間が過ぎていきました。田口組の練習がとにかくキツかった、と同期も先輩方も口を揃えて言うのですが、僕の記憶には練習も試合もウエイトも、とにかく楽しかったことしかありません。1年間全く怪我をせずにフルでプレーできたことも楽しかった要因でしょう。

この強すぎる先輩方の中で自分が試合に出るためには何か一つ武器が必要だ、ということで必死に考えた結果、アタックのアングルを武器にしてやろうと思いました。田口組が終わる頃には、高校時代はパスダミーしかしていなかった自分が、キャリーでゲインができるという自信がつきました。考えることって大事ですね。その反動か、高校時代には苦手意識のなかったタックルが下手くそになりました。



 

2年目

これまでのラグビー人生で最も苦しかった1年間でした。タックルを磨いて絶対対抗戦でスタメンで出てやる、と意気込んでいたのですが、現実は甘くはありませんでした。怪我を繰り返して満足に練習ができませんでした。特に頸椎捻挫。タックルやヒットをするたびに首が動かなくなっていた僕は、タックルをするのが本当に怖くなりました。

さらに軍団の再来と云われた1年生や、同期の伊東や宮田が試合で活躍しているのを、怪我を言い訳に指を咥えて見ている自分がいました。特に普段はあんなに生意気なのに試合ではあんなに活躍している1年生が、怖くて嫌いで普段からなるべく避けるようにしていました。今はあんなに頼もしいと思っているのに。対抗戦期間中の肘の脱臼でダメ押しを喰らい、腐るところまで腐ってしまいました。岩淵組の先輩方には本当にご迷惑をおかけしました。



 



3年目

ラグビー人生で最も苦しかった2年目を超える苦しい1年間でした。何故か、2017年12月20日のチームランDFの最中にグラウンドでうずくまっている場面から、9ヶ月ぐらい膝が痛い以外の記憶がありません。不思議ですね。おぼろげな記憶では、合宿中に成田と篠田と一緒に松岡さんの陸上部に入部したような気がします。新歓と前十字のダブルパンチを喰らっていた間は次の日を迎えるのが本当に嫌でした。

そんな中で迎えた対抗戦の上智戦。一番のターニングポイントだったと思います。それまでの実績もほとんど無いうえにA戦の復帰戦だったので、メンバーに入って20分ぐらい試合に出られたらいいなーぐらいにしか思っていなかったのに、まさかまさかのスタメンを告げられたときはさすがに何かの冗談かと思いました。前日のジャージ渡しで、怪我で出られない宮瀬さんが泣きながら語っているのを見て、選んでくれたこの人のために体を張ろうと思いました。ガムシャラにタックルをし続け、チームの勝利に微力ながら貢献できたのは本当に嬉しかったです。

ただ、それ以降はまた膝の痛みに苦しめられ満足にプレーもアピールも出来ず、気づいたら対抗戦が終わっていました。明学戦後に流した涙は、秋山組に貢献できなかった自分への不甲斐なさ故のものでした。



 

4年目

ラグビー人生で最も苦しかった2年目を超える3年目を超える苦しい1年間でした。怪我で何もできなかった冬シーズンを終え、FWリーダーとしてチームを支えると意気込んで復帰してすぐの2019年4月14日。二度目の右膝前十字靭帯断裂。その診断を受けた帰りの井の頭線と中央線では人目もはばからずに号泣しました。あれはツイートされてもおかしくなかったでしょう。一旦は引退することを決意しました。ただ、同期や後輩が体を張っている姿を見ると、不思議とこのチームでもう一度ラグビーをやりたくなりました。

大してうまくもないFWリーダーとして、フィールドに立ち続けてチームを引っ張り続けることが至上命題だと思っていた自分にとって、再断裂してからの日々は苦しいことしかありませんでした。自分はやらないくせにキツい練習を強いている罪悪感。試合でFWがチームの足を引っ張っているにもかかわらず、何の力にもなれていない無力さ。着実に春シーズンの終わりに近づいていくのにチーム力が向上しない焦り。様々な重圧に押しつぶされそうになっていた僕は、春の明学戦の大敗後に、ついにぶっ壊れてしまいました。「本当に勝つ必要あるの?」ぶっ壊れた僕は同期にこんなことを投げかけてしまいました。泣きじゃくりながら同期と話し合いました。FWリーダーを下されても仕方ない疑問を投げかけたにもかかわらず、同期は「お前しかいないから、お前のことを精一杯支えるから」と言ってくれたおかげで、なんとか立ち直ることができました。

それからは今まで以上にキツい練習を強いることにしました。みんなこんな情けないFWリーダーに本当によくついて来てくれました。セットプレーもフィールドプレーも確実に向上し、学習院でスクラムをプッシュしたときは泣きました。でもなかなか勝てませんでした。みんな頑張っているのに、チームを勝利に導くことができない自分の無力さに改めて歯痒さを感じました。復帰戦となった成城戦では復帰したことよりも、ようやく勝利をあげることができた安堵の方が大きかったです。

苦しいことはこれでは終わりません。今はチームに貢献できていない自分が後輩のポジションを奪っている罪悪感でいっぱいです。この前倉光に「なんで頑張ってる後輩が試合出れなくて、お前が試合出てんの?」と言われました。目を背けていた事実を突きつけられ、寝ることができませんでした。最後のわがままです。東大戦で誰よりも体を張るので後輩のみんな許してください。



 



4年間を振り返ってみると、毎年のボジョレーヌーヴォーの品評のように、「最も苦かった」を更新し続けています。とにかく苦しかったです。ただ、不思議とラグビーを嫌いになることはなかったし、ラグビー部を辞めようととはこれっぽっちも思いませんでした。この永遠の謎には様々な要因があると思いますが、最も大きな要因は色んな人に支えられたからでしょう。この場を借りて支えてくれた人たちに感謝の言葉を述べたいと思います。





まずは後輩のみんな。

FWリーダーのくせに何もできなかった自分には、特に後輩FWのみんなに支えられました。




 1年生。あなたたちがいなかったらこのチームは崩壊していたでしょう。今年のFWがあるのはあなたたち1年生FWのおかげです。ありがとう。

河合は言うまでもなくスクラムの要です。へいたがいなかったら、スクラムがどうなっていたか、本当におそろしくてなりません。これからも一橋のスクラムを支えてください。

大島は春からずっとFWの最前線で体を張り続けてくれました。一橋のFWを体現しているのは紛れもなくなっちゃんです。是非マルコムマークスになってください。

樋口は今まで見てきた僕が一橋FWの中で間違いなくタックルが一番うまいです。自信を持ってこれからも何度も何度もタックルで刺さってください。今度松岡さんの愚痴を言い合おう。

後藤は一度も怪我をせず、1年間本当に頑張ってくれました。センスの塊です。ヒット本当にうまいです。100kgになった後藤がどんなプレーを見せてくれるか、今からでもワクワクします。

島田は本当によくラグビーのことを考えていると思います。何度も耕成の意見にはっとさせられました。これらからも頭脳とプレーの両方でチームを支えてください。平本と末長くお幸せに。

嶋井のあの弾丸タックルは誰にも真似できません。来年は体を大きく強くして、またあのタックルを見せてください。



 2年生。体も大きくないし、人数も多くない。そんな中で確実にFWを支え、一番成長したのはあなたたち2年生FWです。ありがとう。

平本には無理をさせて怪我を繰り返させて申し訳ない。ラグビーへの理解度もセンスも高く、確実に体も強くなっている平本なら、来年は絶対活躍できるはずです。

篠田は2年生FWの中でも一番成長したと思います。タックルはもちろん、FWとしての動きやラグビーへの理解度、ラインアウトなど全ての面で成長しています。自信と余裕を持ってプレーしてください。

須田は今年からFWに転向させて申し訳ないと思っていたけど、嫌な顔一つせずに練習に励んでいました。ラインアウトのセンスはピカイチだし、フィットネスは誰よりも頑張るし、アップでプレッシャーかけられるし、そんな自分の長所をどんどん伸ばしてください。



 3年生。2年前はあなたたちのことが怖かったです。でも今はこんなに頼りになる後輩はいないと思っています。身近なところでFWを支えてくれました。ありがとう。

戸田はここまで後輩FWで唯一の全試合フル出場。スクラムでもラインアウトでも本当に代えがきかない存在になってくれました。よく前十字断裂からここまで復帰してくれました。

KCはもう言うことがありません。ポンコツなFWリーダーにたくさん意見をしてくれました。プレーでも常にチームを引っ張っていました。KCがいなかったら今のFWはありません。来年は強いFWを作り上げてください。秋オフの件はまだ許していません。

成田は何度も怪我を繰り返しながら、黙って体を張り続けてくれました。その怪我を省みない愚直さが好きです。今日の練習で東大戦に一緒に出られないと聞いたときは泣きました。

名倉は一橋ラグビー部の誇りです。文武両道を体現してくれました。帰ってきてタックルがうまくなっているのを見て驚きました。武器であるヒットともに伸ばしていってください。

中山は何も考えていなさそうで、FWの動きを一番理解しているかもしれません。ビデオでワークレートが高いと思った選手はだいたい中山でした。これからも不器用ながらも体を張り続けて一橋FWを体現してください。

上杉はよく戻ってきてくれました。頭の調子がよくない中、相変わらずセンスの塊みたいなプレーを見せてくれて本当に嬉しかったです。麻雀麻雀うるさいです。



あなたたちの誰か一人でも欠けてしまったら今のFWは無かったでしょう。本当にありがとう。

 

 

家族。面と向かって感謝を伝えるキャラじゃないのでここでしか言いません。怪我で心配ばかりかけてごめんなさい。わがままばかり言って10年間もラグビーを続けさせてくれてありがとうございました。この部日記読んでるのかな?


首脳陣の方々。手のかかる厄介な代だったと思います。特に僕の未熟さや頑固さでご迷惑をおかけしました。この時期になってようやく反省しまくりです。それでも最後まで気にかけてくださって本当に感謝しかありません。



ラグビーがやたらうまい、府中にいらっしゃるお兄さんたちと早稲田出身のお兄さん。今年はこの表現をする人がいませんね。フィールドプレーやセットプレーだけでなく、人としての在り方などありとあらゆる面で成長させていただきました。最後に勝利の報告をさせていただく予定です。



 OBの方々。これほどまでにOBの皆様の力を頼った代はなかったと思います。毎週末ごとに多くのOBの方々に、練習に参加していただきました。土日にレベルの高い練習ができたのは、本当に皆さまのおかげです。



トレーナーの方々。特に松岡さん。怪我しかしていない僕は、周りの誰よりもお世話になったと思います。でも最近あまり施術してくれませんね。松岡さんに唆されてラグビーを続ける選択肢を選んだことを恨んでいるので、今度こそお寿司に連れて行ってください。来年B戦に出場している松岡さんの勇姿を観にこようと思います。



 マネージャーのみんな。いろいろイチャモンつけてごめんなさい。うるさいやつだなと煩わしく思っていたと思います。でもみんなのこと好きです。毎練習毎試合雨の日も風の日も暑い日も寒い日も、支えてくれてありがとう。



 竹内さん。竹内メソッドのおかげで体も大きくなりウエイトも少し自信がつき、強いFWにも当たり負けしなくなりました。もうあの地下に降りて竹内さんの声を聞くのも数回だと思うと、寂しさしかありません。



 阿久津さん。大学に入ってから父親よりも多く一緒に晩ご飯を食べたと思います。ラグビー部の一人暮らしのみんなが餓死しないのは阿久津さんのおかげです。リストラされたら雇ってください。



 同期のみんな。ありがとう。これだけで十分やな。



 

毎年先輩方は何かに取り憑かれたかのようにこの部日記でお世話になった人たちに感謝の言葉を述べていました。どうせマイクパフォーマンスなんだろう、とひねくれている僕は思っていました。しかし、いざ同じ立場に立ってみると、自然と感謝の言葉が溢れてきます。嘘くさいかもしれないけど、こればっかりはこの立場に立ってみないとわからないものだと思います。

これらの感謝の恩返しは、この場でいくら言葉で伝えようとも、残された東大戦に勝利することでしか果たせません。1勝しかあげることができていない今のチームを最後まで支えてくださった皆様に、勝利で少しでも恩返ししたいと思っています。



 

最後に伊東。お前がいなかったらどうなっていたことか。FWリーダーがいないFWを、最も身近な場所でずっと支え続けてくれました。不甲斐ない自分のイライラをぶつけることもありました。自分がフィールドに立って、もっと伊東を自由にプレーさせることができたら、もっともっと伊東を活躍させることができたと思います。迷惑かけてごめん。そしてありがとう。この1年間言葉にしたことはなかったけど、感謝しかしていません。卑怯なことに面と向かって伝えられる気はしないけど、本当にありがとう。一番感謝しています。



 



次はいよいよ我らがキャプテン堀内に部日記を回します。彼に感謝の言葉を伝えていませんでしたね。こんなろくに練習も試合も出れなかった頼りないFWリーダーで申し訳ない。堀内がいなかったら、堀内がチームのことを毎日考えていなかったら、このチームは空中分解していたことでしょう。僕が堀内を支えなければいけないはずなのに、堀内に支えてもらっていました。ありがとう。

金曜日までに部日記を回さないと何も書かないから、と脅されていましたが、ちゃんと間に合ったので、涙なしには読むことができない超大作を書いてくれることでしょう。ハンカチを片手に、乞うご期待。

謝るくらいなら、ありがとうと言って!

投稿日時:2019/11/21(木) 23:10

1年生の頃、初めて書いた部日記を回した
宮田からバトンが返ってきました。松尾です。
おぎは部日記のペースに余裕をこいてましたが、残り二人残して残り数日、
伝統をまた守ってしまったようです。
最終戦電車の中でまとめて読んで涙目になりながら熊谷へ向かった、
4年生の部日記を今自分が書いていること。感慨深いものがあります。
文才は一切ありませんが、頑張って書いていきたいと思います。


松尾といえば怪我でしょうから、自分の怪我遍歴と共にこの4年間を振り返って行きたいと思います。

入部のきっかけは惰性の面も強かったと思います。中高とラグビーを続けてきて、何をやりたいでもなかった。
そんな中で、片野田さんと宮川さんという信頼できる先輩方がいるのは安心できた。彼らが言うなれば間違いはないと、そう確信していた気がします。
気付いたら3月中に入部していました。
入部確率聞かれたらとりあえず100%って言えばいいよ。
という片野田さんの言葉に騙されて。


初めて目で見る対抗戦。

授業や肉離れの怪我でなかなか練習に参加できていなかった自分が立教戦に出場する機会をもらいました。ただパニックで頭が真っ白になり、何も出来ないまま試合が終わっていました。すみません。
奇しくも、この試合が自分が出場する最初で最後の対抗戦となりました。試合に出る機会を頂けたこと本当に感謝しています。


2年生での自分はあまり覚えていません。
ようやくPACEとかいう授業から解放されて、練習にちゃんと参加することができる。自分の成長だけを考えながらプレーすることができたのはこの期間だけな気がします。
岩淵組の成城戦、明学戦での感動がただただ印象的で、こんなかっこいい先輩たちになりたい。そう思っていました。


3年生。3年生では練習をした記憶がほとんどありません。
リハビリに次ぐリハビリ。そんな中で、活躍する同期や後輩たちを見ているのは嬉しくもあり、寂しくもありました。

夏合宿。
グローインペイン5ヶ月休んで復帰した直後に前十字靭帯断裂。
これは切れたな。すぐに確信しました。
ああ。一番長くお世話になった先輩方に
自分は何の恩返しも出来ずに終わってしまうのか。
菅平に響く自分の情けない叫びは、今でも頭に残っています。
本当に情けなかった。ごめんなさい。


4年生。
伊東も宮田も触れていますが、会議に次ぐ会議。朝早くから部室に行って、会議をして、帰ったら寝るそんな日がざらにありました。勝つためにどうしたらいいのか。みんなで頭を抱えて考えていました。
BKリーダーとしては、前十字のケガから復帰していない状態で、自分のプレーや姿勢を見せられないことにもどかしさを感じていました。

8月7日この日は自分の誕生日でした。学芸との合同練習、トライした後に立とうとしても体が動かない。
痛みはなかったが、腓骨が斜めにポックリ折れていた。落ち込む部分ももちろんあったが、自分のやるべきことははっきりしていた。チームが勝つための最大限の努力をしようと。



『松尾さんごめん』


本人は多分覚えてないかもしれないが、武蔵戦の敗戦後、グラウンドに座りこむ平手に近づいた時に言われた一言だった。
謝らなきゃいけないのは明らかに自分のほうだ。
グラウンドに立ててないだけでなく、体を張り続けるチームメイトを勝利に導いてあげることも出来ないなんて。お前はなんのためにいるんだ。
と、心には思っていたものの、試合に出れていないことは出来るだけ謝らないようにしていました。自分が皆と一緒に戦っていることを自分で否定してしまう気がしたから。
明学戦ではBKの怪我人が増え、FW2人にBKとして出場してもらう事態となってしまった。特に勇気や寺、菅原には明らかな負担を強いてしまっていて、本当にごめん。


ここまで振り返った通り、自分の大学ラグビー人生は謝らなきゃいけないことばかりでした。
と、同時に本当にたくさんの方にお世話になりました。

大学で3度の手術、中高含めるともっと多くの怪我。心配ばかりかけて、それでも応援し続けてくれた両親。本当にありがとう。

私たちを支え続けてくださった、監督、コーチの陣、東芝の皆さん、obの方々、竹内さん、怪我ばかりで生意気な自分をケアし続けて下さったずっと一緒にいたで賞松岡さん。ありがとうございます。

チームメイトのみんな。成長目まぐるしい後輩たち。明るくチームを支えてくれているマネージャーさんたち。そしてバカなようで賢そうでバカな同期。

特に堀には葛とともに迷惑かけ続けました。意固地でアホだけど、誰よりもチームを思っている。堀がキャプテンで良かったと思っています。みんなありがとう。


一番最初の部日記で、相田みつをの言葉について紹介したので、最後もそうしたいと思います。
「あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも みんな肥料になったんだなあ じぶんが自分になるための」
対抗戦なかなか勝てずに苦しい時間が続いたかもしれない。それでもその悔しさを肥料として一つずつ成長してきた。一橋大学ラグビー部、悔しさをバネに、今こそチーム一丸に。


自分が入部の時に感じた思いは間違っていなかった。
この最高のチーム、堀内組で戦う最後の対抗戦。このままじゃ終われない。
最後に勝って、みんなと笑いたい。ありがとうと言いたい。
そのために今一度皆の力を貸して欲しい。
思い描いたかっこいい先輩にはなれなかったけど、声を張り続けるから。
皆と一緒に戦わせて欲しい。
東大に勝とう。


堀内組BKリーダー松尾 拓海


次は、彼もまた苦しみながら過ごしてきた一人でしょう。戦い続けるFWリーダー葛に回します。

ラグビーを始めてよかった

投稿日時:2019/11/20(水) 03:29

 

伊東から部日記を回されました宮田です。


 伊東の最初の印象はのっぽで細くて不器用なやつって感じでした。今でも不器用なところは変わらないですが、本当に逞しくなって、fwを支えている姿は素直にカッコいいなって思います。あと、先日バイスリーダーの立ち位置の難しさについて理解し合えたこと、少し嬉しかったです。これは多分伊東と僕にしかわかりません。

 

さて、最後の部日記を書くわけですがまず1つ文句を。初めての部日記を1ヶ月回さなかった僕が言うのもなんですが、最後の部日記を駆け込みで回すこの伝統はなんとかならないものでしょうか。



書きたいことが色々あるので4年間の振り返りは簡単に。





1年生。サークルでのんびり過ごしたい。高校卒業時にそんなことを思っていたのに、気づくとラグビーを始めてました。2年間の浪人生活でおかしくなっていたんでしょう。コンタクトスポーツが新鮮で、心からラグビーを楽しんでいたと思います。



2年生。冬の基礎練でタックルがかなり上手くなりました。A戦にも後半から出られるようになりましたが、なかなかトライが取れずに悩みました。結局対抗戦でもノートライに終わり、wingとして力が足りていないことを実感した一年でした。



3年生。A戦にスタメンで出るようになり、トライも取れるようになりました。周りからも期待されるようになり、少し調子に乗ってました。伊東には40分及びませんが、この年の対抗戦は80分×6+40分の計520分出場し、そこそこ勝負できるwingになれた気がします。


4年生。会議。以上。

こんな書き方をできるくらいには会議をした気がします。チームを引っ張るために、そして勝つために何ができるか。そんなことばかり話していたので、自分のプレーはあまり覚えていません。この一年でどのくらい上手くなれたでしょうか。あまり実感はないです。費やした時間に対して、結果が伴っていない現状に悔しさが込み上げてきますが、幸い東大戦が残っているので、死ぬ気で勝ちに行きたいと思います。

 

淡々と4年間を振り返りましたが、最後の部日記なので正直に色々書きます。



ラグビーは本当にしんどいスポーツでした。練習やウェイトに行きたくないと思った回数は数え切れません。それでも、部活を辞めたいと思ったことはありませんでした。続けてこられたのが同期のおかげかと言われると少し違うかもしれません。単純にラグビーが楽しかった。そして周りに認められるのが嬉しかったんだと思います。




 

 

4年生として部を引っ張る中で最も大事なことは何だ思いますか?


就活で何度も聞かれたこの問いに対する自分の答えは、「皆を認めること」でした。「出来て当たり前」は1つもない。全員に得意があって不得意がある。自分が出来て当たり前のことを出来ない人もいます。例えば声を出すとか。意識1つでできると思われがちな小さいことでも、苦手な人には想像以上に大変なことなんだと。出来ないことよりも得意なことに目を向け、その人を「認める」ことがどれだけその人のモチベーションに繋がるのか。そんなことを話した気がします。



 何を言いたいのかよく分からなくなってきたので、部員全員とはいかないですが、ブラザー始め後輩の何人かに個人的に書きます。



1.2年生BK

日高、トミー。焦らず頑張って。初心者として周りに遅れを取る不安は大きいと思うけれど、基礎の積み重ねが自分をラガーマンとして成長させてくれるはず。

澤井。学習戦ありがとう。今年のBKをギリギリで支えてくれたのは澤井です。来年、同期を引っ張ってあげてください。

かんた。かんたのハーフは間違いなく一橋の大きな武器です。怪我に苦しむシーズンだったけどこれから新井を支えてあげてください。

増古。我がブラザーのしたっぱ。ウザいしバカですがそのストイックさには驚かされます。もの凄い選手になるのを期待してます。

新井、松原。上手いけどふざけすぎるところがあるので注意してください。来年は後輩引っ張りつつ上を助けてあげてください。

弓場。着実に上手くなってるよ。あまり悩みすぎず、でも考えることは忘れずに。3年生は1番上手くなれる1年間だから頑張って。



3年生

平手、潰れた鼻は治らなかったけどめげないで頑張れ。勇気、本物のゴリラになる日まで、応援してます。てら、最近髪型が変だけどどうした?単位取得のための2ヶ条忘れずに、あと写真ください。上杉、物知りバチェラーおじさん、僕をいじれる数少ない後輩の1人です。KC、生意気だけど1番関わった後輩です。24日楽しみにしてます。





長くなりました。最後に感謝を。



家族にはシーズンが終わったら直接言おうと思います。感謝してもしきれません。

監督、コーチ陣、東芝の皆さん、OBの方々、学生主体で部が運営できるのは皆さんの支えがあってこそです。本当にありがとうございました。

松岡さん。松岡さんがいなければ今年のチームはもたなかったと思います。個人的にもお世話になりました。ありがとうございました。

竹内さん。ウェイトよりも野球の話をしに行っていた気がします。4年間本当にお世話になりました。

マネージャー。チームのサポートに徹してくれてありがとう。おにぎり文句言ってすいませんでした。

同期。最後まで1人も欠けることなくこられたこと、誇りに思います。少し恥ずかしいですが面と向かって言えそうもないので、今までありがとう。これからもよろしく。



これで最後の部日記を終えたいと思います。次はBKリーダーの松尾で。三商戦で同じグラウンドに立てることを願ってます。

好きな言葉は情熱です

投稿日時:2019/11/17(日) 06:00

菅原から部日記を回されました、伊東です。

菅原との思い出を思い返そうとすると、いつも隣には、倉光、葛、大谷の国立組がいます。この四年間どれだけこのメンバーで一緒に居たのか、と自分にドン引きすると共に、もう少しで国立組が解散してしまうのかという寂しさも感じます。今度寿司パーティーを開こうか。

さて、様々な人に倣い、私も四年間の振り返りをしたいと思います。



1年生、高校ではバスケをやっていた私にとってラグビー部は未知との遭遇の連続でした。コンタクトした時の鈍い痛み、試合後3日は続いた首の筋肉痛、夏の日の太陽の暑さ、などなど苦しい事をたくさん知りました。しかし、それでも1年生の時に音を上げなかったのは単純に楽しかったからだと思います。自分のタックルが毎日着実と上達していったり、ウェイトがメキメキ上がるあの感覚は、自分が強くなっていく気がして、素直に嬉しかったです。



2年生、ラグビーを知って1年が経った頃、私にとって大きな機転が訪れました。成蹊大学との合同練の時、ロックの先輩が怪我してしまった為、急遽Aチームの合同練に出させてもらいました。そこから私は、幸運なことに上手い先輩方に囲まれてプレーする機会が増え、初心者に毛が生えた程度だったのが一端のラガーマンくらいには成長させてもらったと思います。そのおかげで、秋には対抗戦に出させてもらい、とても成長できた1年でした。



3年目、この年はAの試合にめちゃくちゃ出させてもらいました。今、パッとホームページで確認したところ、指の手術(結局治ってない)から復帰した4月から、Aの練習試合には全試合、対抗戦に関しては、80分フルx7試合出場していました。今思うと、我ながら1年間大きなケガなく良くやってこれたなと、関心してしまいます。ただ試合にはたくさん出てるくせに、なかなか活躍出来なかったのは悔しかったです。



4年目、fwサブリーダーに就任して、いよいよ初心者だから…、なんて言ってられなくなりました。指揮される立場から、一変して指揮する側に。そのせいで苦しい思いもたくさんしましたし、チーム作りの大変さを実感しました。記憶に1番残ってるのは、やはり堀内、葛、松尾、宮田と2月から今の時期までずーーっと夜遅くまで話し合ってたことです。どうやって成長するか、どうやって勝つかをいつも話していました。

でも、ここまで対抗戦6戦して1勝5敗。ターゲットにしていた明学に関しては0-59で大敗。このあまりにもグロテスクな現実が、自分たちの1年間を全否定しているかのように感じて、とても辛いです。

この現実は、もうどうやっても変えられませんが、幸いまだ最後1試合残っています。俺たちがやってきた事は決して無駄ではなかった、と証明するためにも、100%の気持ちをこの1試合にぶつけて絶対に勝ちたいと思います!



こんな自分が四年間ラグビーをやって来れたのは多くの人の支えがあってのことです。お忙しい中、いつもグラウンドに足を運んでくださった監督、コーチ陣、OBの方々。ケガしない身体をつくってくれた竹内さんと松岡さん。ラグビーという世界に引き込み、丁寧に指導してくださった先輩方。生意気だけど、グラウンドでは頼りになる後輩たち。ビデオ、おにぎり、ウォーター等々毎日サポートしてくれるマネージャー。めちゃくちゃ濃い時間を共に過ごした同期。そして、勉強につまづいても、ラグビーを辞めろなんて一言も言わず、ずっと1番近くで応援してくれた両親。

みなさん、本当にありがとうございます。



以上で私の部日記を終わらせていただきます。全く面白みのない文章でしたが、読んでくださりありがとうございます。

次は、私と同じくユニットサブリーダーの宮田に回します。停滞させてしまった部日記更新を素早いテンポで回してくれることを期待してます。



FWサブリーダー兼栄養管理委員長兼正書記

伊東颯駿
«前へ

<< 2019年11月 >>

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

アーカイブ

2019年11月(7)
2019年10月(4)
2019年9月(5)
2019年8月(3)
2019年7月(2)
2019年6月(4)
2019年5月(3)
2019年4月(2)
2019年3月(3)
2019年2月(2)
2019年1月(1)
2018年11月(12)
2018年10月(4)
2018年9月(1)
2018年8月(4)
2018年7月(4)
2018年6月(3)
2018年5月(3)
2018年4月(5)
2018年3月(3)
2018年2月(5)
2018年1月(5)
2017年11月(15)
2017年10月(4)
2017年9月(3)
2017年8月(11)
2017年7月(1)
2017年6月(2)
2017年5月(3)
2017年4月(1)
2017年3月(2)
2017年2月(3)
2017年1月(2)
2016年12月(1)
2016年11月(11)
2016年10月(2)
2016年9月(3)
2016年8月(10)
2016年7月(2)
2016年6月(1)
2016年5月(2)
2016年4月(2)
2016年3月(2)
2016年2月(5)
2016年1月(5)
2015年12月(2)
2015年11月(11)
2015年10月(3)
2015年9月(3)
2015年8月(4)
2015年7月(3)
2015年6月(4)
2015年5月(5)
2015年4月(3)
2015年3月(3)
2015年2月(6)
2015年1月(2)
2014年12月(3)
2014年11月(8)
2014年10月(4)
2014年9月(5)
2014年8月(3)
2014年7月(9)
2014年6月(6)
2014年5月(1)
2014年4月(1)
2014年3月(1)
2014年2月(3)
2014年1月(2)
2013年12月(2)
2013年11月(6)
2013年10月(5)
2013年9月(4)
2013年8月(2)
2013年7月(4)
2013年6月(2)
2013年5月(5)
2013年4月(5)
2013年3月(7)
2013年2月(4)
2013年1月(6)
2012年12月(3)
2012年11月(12)
2012年10月(4)
2012年9月(8)
2012年8月(3)
2012年7月(2)
2012年6月(3)
2012年5月(4)
2012年4月(10)
2012年3月(10)
2012年2月(7)
2012年1月(3)
2011年12月(3)
2011年11月(7)
2011年10月(6)
2011年9月(5)
2011年8月(4)
2011年7月(4)
2011年6月(3)
2011年5月(2)
2011年4月(5)
2011年3月(3)
2011年2月(3)
2011年1月(5)
2010年12月(5)
2010年11月(8)
2010年10月(7)
2010年9月(8)
2010年8月(3)
2010年7月(4)
2010年6月(4)
2010年5月(4)
2010年4月(11)
2010年3月(6)
2010年2月(9)
2010年1月(5)
2009年12月(5)
2009年11月(11)
2009年10月(12)
2009年9月(10)
2009年8月(3)
2009年7月(7)
2009年6月(11)
2009年5月(6)
2009年4月(10)
2009年3月(8)
2009年2月(10)
2009年1月(6)
2008年12月(7)
2008年11月(11)
2008年10月(6)
2008年9月(9)
2008年8月(4)
2008年7月(7)
2008年6月(5)
2008年5月(4)
2008年4月(4)
2008年3月(13)
2008年2月(16)
2008年1月(13)
2007年1月(8)