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DIARY

一橋大学ラグビー部日記 2019/11/4

腹筋じゃなくて内転筋欲しい

投稿日時:2019/11/04(月) 17:53

真依から回されました鈴木です。
タイトルは1年時の部日記を踏襲してみただけで、特に深い意味はありません。

以下、抽象的な長文が続くことをお許しください。

 

 

今思い返すと、私がラグビー部に入ったのは、自分を変えたかったからだと思います。常に周りを見渡し、自己犠牲を厭わず、思慮深い。それこそマネージャーらしいマネージャーのような人に。

でもそんな人には変われなかった。私はいつも目前の事に集中してしまうし、自分本位だし、短絡的で。私は仕事の出来不出来以前に、資質的な意味でマネージャーにふさわしくなかったと思います。

 

1年生の時。全ての仕事が新鮮で、何とか追いつこうとしている内に終わりました。きっと4年生になれば、格好良い先輩達の様に自分もなっているんだろうと信じながら。

 

2年生。出来る仕事が増え、1番楽しい時期だったかもしれません。まだまだ後輩だからこそ、自分が優秀な先輩になった未来なんてものを考えるだけの余裕がありました。

 

3年生。後輩の方が先輩よりも多くなりました。この頃自分はマネージャーに向いていない事に薄々気付き始めていました。でも、頑張っていれば自分も変わるはずだと言い聞かせ、やり過ごしていました。あ、日比谷会はめちゃくちゃ楽しかったです。

 

そして4年生。どうもがこうと自分の本質は変わりやしない事がやっと分かりました。いくら「○○しなきゃ、○○のようにあるべきだ」と意識していても、本来の自分がふとした時に出てきます。勿論4年なんだから仕事自体はそれなりに出来るし努力もしました。でも、普段の心の持ちようや姿勢が、絶望的にマネージャーらしくなかった。

まして自分は曲がりなりにもマネージャーです。それなのにこのザマは何だ?記憶上の先輩方と自分を比べ、自身の至らなさにうんざりする日々が続きました。

 
 

それでも、どうして自分がここまでマネージャーを続けてこられたのかと言えば、周囲の人々に恵まれたからです。

 

まずプレーヤー。

普段はふざけてて面白い。けれど試合中はものすごく格好良いしワクワクさせてくれる。そしてマネージャーを一部員として尊重してくれる人々だったからこそ、私はラグビー部に馴染めたのだと思います。

同期は、この一年間お疲れ様。今年の戦績がすごく悔しいと同時に、なんで頑張っているはずなのに努力が報われないのか歯痒くなります。ちなみに同期MGがいなかった時はみんなと話していると妙にほっとしたので、意外とみんなの事好きだったんだと思います(多分)。

 

監督・コーチの皆様。

自身の仕事があるのにも関わらず、本当にいつもグラウンドに足を運んでくださりありがとうございます。部活で会った際に声を掛けたりしてくれると部の一員だと認められている感じがしてすごく嬉しかったです。

 

トレーナーの皆様。

テーピングもメディカルも、皆様のプロフェッショナルな仕事にはいつも感動していました。特に今年、松岡さんには本当にお世話になりました。いつも穏やかな松岡さんだからこそ、色々と相談したり教えていただくことが出来ました。

これからも部員をよろしくお願いします。

 

後輩マネージャー。

さとめいみはいつも元気で心の癒しでした。仕事にもいつも一生懸命で、どんどん成長していく姿を見ていると、引退するのが惜しくなります。

あいまおみうりさこれいは上級生が少なかったこの1年間とても頑張ってくれました。いつも仕事に対して真剣で(睡眠の質も)、みんなを新歓して入ってもらえてよかったなと思います。

あさまいしおりみゆゆい。本当にこの1年間は、4人がいなければ成り立たなかったと思います。感謝してもしきれません。3年生しかいない部活も完璧に回してくれ、私には見えない問題点を見つけて解決してくれて。ほぼ同期どころか先輩です(笑)来年の対抗戦で4人揃った姿を楽しみにしてます!

 

同期マネージャー。

2人が留学に行く前、私は「1人でも大丈夫!」と虚勢を張っていた気がします。でも、行ってしまうとすごく寂しかったし、戻ってきたらすごく嬉しかったです。そういう存在です。2人が同期で良かった。

 

最後に先輩方。

心が折れそうな時にご飯に連れ出してひたすら私の話を聞いてくれたり、対抗戦で負けて凹んでる時にさらっと励ましのラインをくれたり、いつも電話で落ち着かせてくれたりしました。

特にこの1年は、最高の先輩方に巡り合えたことを実感しています。ありがとうございます。

 

 

四苦八苦してきた1年間でしたが、あと残すところは明学と東大戦のみです。

マネージャーらしくなくとも、マネージャーとして最高の準備をする事は出来ます。残り僅かな日々を、二戦の勝利を掴み取る為に使っていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次は縄跳び名人かつ三賢帝の一翼を担う菅原に回します。

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